AI時代に必要とされる人間とは

ここ数年、 自動化、機械化はずっと経済の話題の中心となっており、いよいよテレビ等でもそういった話題を紹介するような時代になってきた。


日本は周回遅れだが、例えばアメリカではテスラの自動運転車が日々進化を遂げ高速道路ではすでに運転者はほぼハンドルを握らなくても良い。アマゾンは自動倉庫だけでなくレジがいらないコンビニを先日ついにオープンさせた。中国でもネット会計が90%になりレジに人間が必要なくなるのも時間の問題。世界は物凄いスピードで変化を遂げている。


自動運転により物流に携わる人間が、レジの消滅によりいわゆるチェッカーが、必要なくなる。そもそも、中国のように現金を使うことが悪だという社会になれば銀行の仕事等ほとんど必要なくなるし、超絶ブラックな環境で賄われている飲食業界等も機械化で多くの人間を削減することができる。


買い物もアマゾンだけでなくほとんどのブランドのものをネットで買える。企業側からしても店舗で買われるよりも通販の方が利益率が良いので、これからはネットで購入するお客様にはどんどんお得なセールを打っていき、世界中のほとんどのリアル店舗は今の昭和の商店街のように死んでいくこととなる。


恐ろしい時代になったものだとつくづく思う。現金とか消えてしまえ、と常々書いてきた私も正直もうこれ以上世の中便利にならなくて良いよって考えてしまう。便利になればなるほど、機械化が進めば進む程、あぶれる人が出てくる。ハッピーではなくなる人が増えてくるのだ。


AI化により、多くの人が職を失い、多くの伝統企業は消えてなくなることはほぼ間違いないと思うのだが、そういった時代に必要な人間ってどんな人って考えてもなかなか答えは出ない。

時間を持て余した人が多くなるから、例えば芸能人や娯楽等の需要は増えるから人々を楽しませることができる『特別な人間』はもちろんこれまで以上に必要とされる。

では、そうではない大多数の人間は?


私は今管理職で多くの部下を抱えているが、果たして私の仕事は機械ではできないのか?と言われると、正直そんなことはない。機械の方が膨大なデータをもとに間違いないのない判断ができるし、私に特別なカリスマ性があるわけでもない。ただ、若い人よりも経験・・があるだけ。


ただ、ひとつ。これからの時代は人に好かれる人が生き残っていくんだろうなとは漠然と思う。


30歳になり、自分が今の立場にいるのは本当に多くの人が自分を気にかけ、見込んでくれたからだと昨日実感する出来事があった。このような人間関係の喜び、いわゆる人間らしさ、というのがこれからの時代のキーになるに違いない。

ならばどうするかと言えば、自分自身が人を好きになること。そして、周りの人の為に生きることしかないのだと思う。


生態系が変わると言っても言い過ぎではないこれからの10年。くしくも平成という時代も終わる。生態系が変わると絶滅する種族が現れるが、私は別に長生きしたいわけではないが、生きているうちはどうせなら楽しく生きたいものである。


とんでもない時代になったものだ。

女性不振が治らない

人生30年生きてきたが、未だに苦手なことがある。それは女性の心理を理解するということだ。


仕事でもそうだが、あくまで私の経験則だが、人間関係において女性は男性の数百倍面倒くさい。なんでこんなに面倒くさいんだろうって本当に悩むときがある。特に私のように個人主義の自分は自分、他人はどこまで行っても他人という人種には理解が難しい。


例えば、職場内の人間関係でいつも問題を起こすのは女性同士である。とにかく派閥、グループを作りたがるし、仕事のできない同僚をすぐに見下したり、仲間外れにしようとする。さらには最も仲の良かった人を何かのきっかけですぐに嫌いになったり、合わない上司が来た時に真っ先に不満を言うのも往々にして女性である。男性は大体のことは我慢するし、自分でどうにかしようとする。少なくとも周りに悪影響は与えない。なのに、女性は周りを巻き込んで小さな問題をどんどん大きくしようとする。自分とは一生関係のない芸能人のスキャンダル等でキャーキャー喚くのも女性である。


感情で生きている・・と言えば聞こえは良いが、ただ単に我慢が足りない、ワガママなだけなんじゃないかと思うときがある。我々男性にももちろん感情はあるが、相手に不快な思いをさせてまで自分の感情を爆発させることはできないし、そもそも自分の現状に満足できないことを誰かにどうにかしてもらおうとか、誰かのせいとか思ったことが私にはない。自分の現状に満足できないなら自分のせいだなと諦めて大人しくしているか、それを改善する為に自分が変わるか、それしかない。


不思議なのは、こんな事を言う私のような男にではなく、女性は女性同士で仲が悪いことである。一見仲良くしている女性同士が実は陰で足の引っ張り合いをしていたり、女性の芸能人のスキャンダルには皆容赦がない。男性社会であれば、袴田吉彦や宮迫のように一時バッシングされても結局許してまた仲間になり関係を崩さずにやっていける。しかし、女性社会では無理である。ベッキーは時間を掛けて戻ってきたと思ったらタイキックでまたすぐ消えた。キョンキョンの不倫も許されそうにない。女性は同じ女性が成功する姿を見たくない、応援したくないのである。私はその思考回路にゾッとする。


もちろん全てが全てそういう人ではないが、学生時代からあまりにも多く女性同士のドロドロした理解不能な愛憎劇を見てきた為、私は基本的に女性のことが好きではない。多くの男性はその面倒くさい部分をセックスと天秤にかけて納得するのだろうけども、私はセックスしたい・・よりも女性は面倒くさいという方が基本的に大きい。


(そんな中、私が結婚しているのは奥さんにそういう所が無かった為である)


このまま女性社会が強くなっていくと、男性だけではなく結局女性同士が憎しみ合うことが多くなり、生きづらいようになってしまうんじゃないかなと少し気掛かりである。草食系男子の増加もわからないが、私のように女性の面倒くさい部分に嫌気がさして、性欲すらなくなってしまった事が原因なんじゃなかろうか。

時代の流れは止められないが、女性が社会でもっと中心になりたいのならば、それでもいい。しかし、性格の悪い男代表として一言言わせてもらいたいのは、やれるもんならやってみろ、ということである。社会的強者になるということはそれ相応の責任も伴うし、我慢も努力もしなければいけない。そのプレッシャーは本当に大きい。その立場になった時に、果たして世の女性達は耐えられるだろうか?甚だ疑問である。

アウトプットの重要性

最近、仕事の内容が多岐にわたるようになって来て、人前で話すことが多くなってきた。人前で話すと言ってもせいぜい4、50人の前なので何100人という人の前で話す人に比べたら大したことはない。それでも私は昔からとかく緊張する性なので正直このような機会は苦手である。


色々本等も読み、緊張しない方法を模索したが、結局のところ場数を踏むことと、しっかりとプレゼン資料を準備するしかないと最近結論づいた。自分の自信のあることや話したい内容であればあまり緊張しないし、誰かから頼まれて何の下準備も無しにアドリブで話さなければならない時は例え聞く人が数人でも緊張する。


その為、事前の準備、特にパワポ作りに多くの時間を割かないといけないのであるが、この過程を通じて改めてアウトプットの重要性を感じている。


学生の時から我々日本人はとかくインプットばかり学んで来たのだが、頭に入れているだけの知識は驚く程生きていく上で活用されないしすぐに忘れてしまう。しかし、不思議なもので大学で習った経済学の知識や簡単な数学的考えをプレゼンで話そうとパワポの資料に落とし込み、実際に人に話して見ると驚く程自分の頭に入ってくるし、どんどん新しいものを作ろうと意欲が湧いてくる。

私が人生で最も成績の良かった高校時代も、自分が友達に勉強を教えるというアウトプットをすることで自分の成績はどんどん伸びていった。一方で受け身でインプットする機会しかない友人はなかなか成績が伸びなかった。


昔から薄々感じてはいたが、恐らくこれははぼ間違いのない事実だろう。自分に子供ができたらインプットばかりではなくアウトプットする機会をどんどん増やす方針で教育していきたいと思う。


この日記習慣も重要なアウトプットの場である。小難しい内容のことも背伸びして嘘のないように自身の考えをまとめることでその分野の理解が深まる。やはり続けていかなくては・・。

採用という仕事

先日、ゲオで借りて以前から少し気になっていた「何者」を見た。


就活を題材にしたドロドロとした人間関係を描いた 作品で、最後はゾッとする落ちもありなかなか良かった。就活は私の人生の中でも最も緊張し、焦った経験でもあるので、こんな人いるなーとかでも実際そんなことは無いでしょというところも感じることができた。

あの作品を見て、共感する若者もいれば、我々の時代はもっと厳しかったという大人もいるだろう。私の就活はリーマンショックにより氷河期の再来と言われた時代でもあるし、今時のネットフル活用の就活の厳しさも知っているつもりなのでどちらの世代にも共感できるようなできないような気持ちもある。


ちなみに、私は少なくとも映画に出てくる学生達よりもっと就活を頑張っていたと思う。面接は30社程受けたし、3、4月はほぼ休みなく選考にあたり毎日毎日大阪と京都を行き来していた。


結果的に私は4月には就活を終えた。友人達も皆無事に内定をもらい、映画のような気まずい関係になることもなかった。本当に良かった。


そして、今は逆に人を採用する立場となった。


人を採用するという仕事は私はあまり好きではない。その人の人生を決めてしまうような判断をするには自分はまだ経験不足だし、偉くもないからである。人を見る目もない。と思っている。

が、そうも言ってられないので真剣に考えて採用するし、面接でも少しでも相手の未来に良い影響を与えたいと思い話をする。今思えば、圧迫面接とか偉そうな面接官とかなんやったんやろなと思う。そんなことをしては会社のイメージは失墜するし、たかが1学生という気持ちで採用の仕事にあたっているのであれば殿様商売としか言いようがない。その学生がいずれは自社のお客様になるかもしれない、不採用にするにしてもこんなチャンスはめったにないのに。


採用する側になり、学生に言いたいことは個性を大事にしてほしいということ。


他社、他の人はどうか知らないが、私は人柄ではなく能力で採用したいと思っている。自分の部下として働く・・という前提ならば、例えば人柄なんてものは自分の教育でいくらでも改善できると思うからである。逆に人柄は教育で改善できるが、生まれもった才能や強みは自分の教育では育てられない。だから、私は弱みより強みに焦点を充てて採用という仕事をすることが多い。多くの学生はみんな同じスーツを来て、同じようなありふれた事を話してくれるが、やはり知りたいのは素の部分、素直に自分の言葉で話してくれる人は印象に残る。


そもそも、面接だけでその人の適性なんてわからない。やはり本当の意味でマッチングした人材を確保するには実際に自社で仕事してもらうのが一番だと思うのだが、どこの大学もそういった事はしていない。


何かまとまりのない日記になってしまったが、採用する側になっても日本の就活には違和感しか感じない。と思う今日この頃。

ビットコイン終演のXデー

本日は久しぶりにプライベート以外の事を書く。最近なかなか時間が取れないが、日記をなるべく書くと言ってもプライベートで書ける事はあまりに少ない。


最近の話題に注目するとやはりビットコインと相撲の不祥事が連日報道されている。

まず、ビットコインだが、実は私は5年前ぐらいから、その存在は知っていて、当時一度取引したこともある。IT業界に勤めていたわけでもないのに、その存在を知っていたのは主にホリエモンのメルマガで当時から頻繁に話題になっていたからである。 私はホリエモンのメルマガは大学生の時から会員になっているのだが、今回この1年ぐらいで日本でもビットコインがメジャーなものになってきた光景を見て、初めて時代を先取りしていた感覚になった。他の人も含めてやはり有料メルマガを購読するというのはかなり大きな自己育成になるようだ。


当時のビットコインは投棄の対象ではなく、世界共通通貨になりえる可能性を秘めたネット通貨という印象であった。ブロックチェーンという画期的な仕組みにより安全性は保証されているし、もしこのビットコインが通貨に取り変わることができれば、全世界で現金を発行する無駄がなくなり、通貨発行権を失った国家はその意味をなくし本当の意味でのグローバル化が実現するのではないか?そんな夢のような可能性すらビットコインに感じることができた。


しかし、全世界国家という歴史上最大の既得権益を相手にしなければならないビットコインはいずれ衰退するだろうと私は思っていた。現に中国を初め様々な先進国で規制がされている。国家そのものの存亡を脅かすビットコインが主流になることは今後もないだろう。今回の頭の弱い日本人を標的にしたバブルが最後の盛り上がりとなるかもしれない。


インチェックのやらかしもあり、もうこれから参入しようとする人は日本でもいないと思うが、改めて警笛をならしたい。今回のバブルを最後にビットコインの歴史には残念ながら一時終止符が打たれるだろう。 その価値は最終的にはほぼ0になると思われる。


先進国が様々な規制をし、アメリカ大統領に保守のトランプがなった時点で、ビットコインの繁栄は一旦難しくなった。その可能性が絶たれた今、ビットコイン既得権益を持っている人達がやることはこの日本でのバブルを利用し、より高く売り抜けることだけである。ビットコインのほとんどを保有する中国人がそれをやるXデーはまもなくだろう。


さらに、今週のメルマガにて中島聡さんがさらなる警笛をならした。ビットコインの下落を引き留めようとしているもう1つの仮想通貨の存在。そこが発覚するのは時間の問題。興味がある人は中島聡さんのメルマガを是非読んで頂きたい。ビットコインには未来は無い。


今持っている人達は損切りを早急にしたほうが良い。ビットコインの仕組みにはノーベル賞並みの価値があるし、またいずれネット通貨としての価値を発揮する可能性はあるだろう。だが、今回のバブルは危険すぎるし、先は見えている。頭の弱いマスコミや著名人の誘惑に騙されず、今すぐに損切りしたほうが良いだろう。

転勤リーマンのつぶやき②

引っ越し先での生活もはや2週間程が経った。平均1年半ぐらいで転勤してきたこともあり、やはり適応は早くなっている気がする。前職への寂しさや新天地での地理的な不安というものは今回ほぼなかった。


それでも、引っ越し先の地域を初めて車でドライブした時は新鮮でワクワクする気持ちになった。こうして、また自分の故郷が1つ増えていく。生まれてから学生時代で4県、仕事をしてから6県で私は生きてきたが全て自分の故郷と思える程様々な思い出に溢れている。いつ帰っても喜んでくれる人達がいる・・これこそ転勤族の醍醐味と言える。


仕事については少し壁にぶつかりそうである。転勤の度に私は強くなってきたが、生まれ持った何十年と培ってきた性格や生き方はそうは変わらない。これまでの私はそういった人間的欠陥を数字を出すことで跳ね返してきた。

しかし、今回の上司は人となりや印象をとにかく大事にするようである。上司とは言え月に数回しか直接は会わない間柄であるが待遇はその人に全て委ねられるしできることならうまく馴染んでいきたいところではあるが、今回はダメかもしれない。


私は基本的に元気が無く、後ろ向きで、感情がなく、自己主張しない。しかし、これまで同じ職場内の上司や部下や従業員とは最終的にはうまくやってきたと思っている。少なくとも人間関係で苦労したことは無い。だから、数字を出せてきたと信じてきた。

しかし、今回、リーダー、マネージャーたるもの元気で明るく、楽しく仕事をしないと絶対にダメだと言われている。その上司曰く、私はとにかく冷たくドライに感じるのだと言う。

言いたいことはわかる。リーダーが暗く、後ろ向きな態度ばかり取っていれば部下に伝染することはある。そこは改善しないといけないのかもしれない。

が、冷たい、ドライと言うのはいけないことなのか?

私は仕事の人間関係において、好き嫌いという感情は誰1人として持ったことがない。出会った人全員に良いところがあり、誰1人尊敬するところがない人もいなければ、全面的に尊敬できる人もいなかった。要するに、みんな同じように接して来たので誰かが特別、ということはないのである。今の上司は恐らくもっと近い、何でも話せるような人間関係を求めている。自分の事を尊敬してほしいようである。


仕事は仕事、だし周りは皆大人なんだから必要以上に仲良くしなくても、1人1人が自分の責任を果たせばそれでいいじゃないかと思うのである。ベタベタした人間関係はほんっとに苦手なのである。


楽しく仕事するって何?どんな結果を出しても、私は今までの仕事を楽しいと思ったことはない。やりがいはあるが、それを楽しいと少しでも思ったことはない。本当に自分に合う仕事であれば楽しいんだろうか?


変わらねばと思う反面、自分は自分という気持ちも大事。厳しい1年になりそうだ。



転勤リーマンのつぶやき ①

この一年で二回目の転勤、引越が一週間前に終わった。前の関西の職場はかれこれ7カ月ぐらいしかいなかったにも関わらず、送別会では両手で持てない程の選別を頂き、本当に申し訳なく、嬉しい気持ちでいっぱいだった。


たまたまだった。たまたまこの部署に自分が入ってから数字が劇的に伸びた。それで評価された。そして、1年で2回目の出世ができた。今までは努力の割に評価されてこなかったと思っていたが、今は過大評価されている。たった1年で人生はこうも変わるものなのか。


良いことばかりではない。


嫁様には多大な負担がかかってしまい、最近ちょくちょく喧嘩をするようになってきた。自分はこの仕事をしてからすでに7回転勤している為、慣れたものだが普通の人はそうはいかない。わかってはいたが、現実が重くのし掛かる。このまま行けば、今の仕事はやめなくてはならないかもしれない。


仕事は新事業所の立ち上げの責任者となり、かなりこれから忙しくなりそうだ。それこそ休みの日も色々な勉強をしないと乗り越えられそうにない。しかし、プライベート、家族も大事だし心配である。こちらもしっかりケアしないと乗り越えられそうにない。


正直、苦しい・・。


世のサラリーマンの旦那さん、いったいどうやってこの板挟みを乗り越えているんですか?皆凄すぎる。


出世、結婚するということにはそれなりのプレッシャーが掛かる。どちらも別に求めない若者が増えているのはごくごく普通の事だと思う。責任を負う・・言うは易し、ここまできついことだとは思っていなかった。