Aqua Timez 解散

またまた久しぶりの日記となる。

今年は仕事面でもプライベートでもここまで激動の日々を過ごしており、あっという間に半年が経った。そんな中、私にとって上半期最大の悲報となったのがAqua Timezの解散である。


いきなりの悲報だった。携帯を開いた待ち受けのトップニュースにいきなりAqua Timez、解散と出てきたのである。私の携帯にはエモパーという人工知能が入っているのだが、私の興味のあるニュースをいち早くいつも知らせてくれる。今回も解散が決まってすぐエモパーが知らせてくれた。


まさか、というわけでも実は無かったがショックは意外と大きかった。解散発表のちょっと前に発売されたアルバム「二重螺旋のまさゆめ」は最高傑作と言っても言い過ぎではない楽曲ばかりであったし、私はこのクオリティの楽曲を作り続けていけば、必ずもうひと花咲かすことができると信じていたからである。ここで辞めるのかよ!もう少し夢見させてくれよ、とただただ残念であった。


私はAqua Timezファンになってかれこれ10年程になる。ブレイブストーリーの「決意の朝に」で興味を持ち、ごくせんの「虹」でドハマリ、そこから過去の楽曲を聞き、彼らの世界観にどっぷり浸かり、低迷を続けるこの近年もCDやDVDは買い続けて、影ながら彼らの活動を支えてきた。


どのアルバムも、どの楽曲も好きというのは彼らぐらいである。初期の独特の世界観も近年の幅を広げた楽曲も、本当に素晴らしい。


そんな彼らもついに解散。原因は色々あるのだろうけど、そう簡単に受け入れられることではないけれど、一言だけ言うならばとにかくお疲れ様と言いたい。結局、彼らの最大のヒットはデビューアルバムの「空いっぱいに奏でる祈り」となったが、鳴り物入りでデビューして、いきなり順風満帆なスタートをしたことが逆にその後のプレッシャーになっていたのかもしれない。ファンからすれば、初期の楽曲も確かに良いが最近のクオリティも全く負けていない、しかし、いかんせん売れなかった。もっと評価されるべき、いつか必ずまた日の目を見る日が来る、私を含めてファンはきっと信じていたに違いない。バンドのメンバーもそう信じて必死に戦って来たが、もう限界だと感じてしまったのかもしれない。

心配は太志の体調。今年のライブでも歌えないような状態で途中で終わってしまったこともある。何とか、何とか、最後の横浜アリーナでのlast danceは悔いの残らないように成功させてほしい。神様、お願いします。


最近ではYoutubeでも彼らの全曲のサビメドレーなどの動画が増えてきた。最初から最後まで聞くとジャケ写も懐かしすぎて泣きそうになる。ほんとにしっかり作られた楽曲ばかりなのである。


最後にラストライブに向けて、これは歌ってほしいなという個人的に好きな曲ランキングを勝手に作ってみる・・。AquaTimezのことをあまり知らなくてもし、興味がある人は是非とも聞いて頂きたい。(もう彼らから新曲が発表されることはないが・・)
完全に個人的好みなので悪しからず。


10位 白い森
基本的に壮大なバラードが多いアルバムラスト曲の代表的な作品。こういう曲は彼らにしか作れない。

9位 希望の咲く丘から
デビューアルバムの最初の曲。こういう少し暗めでかっこいい曲も彼らの真骨頂。

8位 たかが100年の
最新アルバムのリード曲。ラストライブでは恐らく歌われないと思われるが、本当にハマって今年聴きまくった曲。

7位 生きて
シングルの中でも大分好きな曲。このクオリティで売れなかったのは私的にもきついなって思った。

6位 月のカーテン
あと少し、少しだけそばにいてほしい。カップリンですが心に響きます。

5位 last dance
多分歌うのでしょうが、最後の最後の曲。良い曲だけど、解散が決まった後は思いが詰まりすぎてて聞くのが辛い・・。

4位 青い空
アルバムラスト曲は本当に全部AquaTimezらしくて好き、優しい歌。

3位 最後まで
最後までⅡも好きだけど、最後まではもっと好き。久しぶりに聞きたい。

2位 手紙返信
これは本当に歌ってほしい、そして歌われたら確実に泣く。

1位 歌い去りし花
かなり悩んだランキングでしたが、1位は別格でした。AquaTimezの中でも最も好きな曲。そして、AquaTimezってどんなバンドって言われたらこの曲が全て象徴していると言えよう。少し暗くて、前向きで、かっこよくて、壮大で・・。是非最後に歌ってほしい。


もちろん、超メジャーな決意の朝に、虹、等身大のラブソング、も歌ってほしいけども、last danceだからこそ、ファンのためにある程度マイナーな曲も歌ってほしいとも思う。というか、全部好きだからやはり選べない、考えれば考えるほどまだまだやれただろうよと悲しくなる・・。


最近、大人になんてなりたくない、って思うことが本当に多い。自分の人生は精一杯、がむしゃらに生きている分、衰えや歳とったなぁって感じることは実は少ないが、野球で言うなら松坂世代安室奈美恵の引退等が来ると、本当に大人になんてなりたくないと思う。


AquaTimezの解散はもはや避けられない。現実を受け入れるしかない。あと2ヶ月、何度も私の苦悩を救ってくれた彼らにできることは果たしてあるのだろうか。

2018選抜高校野球 がんばれW智辯

最近とにかく仕事が忙しい。恐らく人生で一番この一ヶ月ぐらいは仕事に精を出していると言えるだろう。

そんな忙しい中で、今年も待ちに待った選抜高校野球が始まった。できることならば、当たる当たらないは別にして例年通り大会前に展望を書きたいところだったが、全く書く時間が無かった。しかし、少し時間と気力の余裕ができたので、これからの期待を書いてみる。と言っても私がわかるのは毎度の事ながら近畿周辺の戦力だけであるが。


例年の法則として、秋の近畿大会で私の地元である奈良代表の天理か智辯学園が躍動して優勝・準優勝するような年の近畿代表は期待できない。逆に天理・智辯がギリギリベスト8で選抜に選ばれる年の近畿代表は期待できる。

今年の選抜も後者であるため、近畿勢の調子が良い。21世紀枠膳所以外は初戦を突破した。日程的にも有利な高校が多く、今後も多くのチームが上位進出していくだろう。


さて、今回特に私が期待しているのが、智辯対決である。


智辯学園智辯和歌山があと一回勝てば久しぶりに実現する。


私は幼少期から高校野球が好きであったが、特に好きだったのが、W智辯である。奈良は私の地元なので特に好きだったが、和歌山の智辯は奈良よりも強いし応援も洗練されていて同じぐらい好きだった。アフリカン、ジョックロック、その他の応援もほんとに格好良く、智辯学園が負けたら智辯和歌山中心に甲子園を見て、両方負けたら大体見るのをやめていたぐらい。


近年は智辯和歌山が弱くなり、奈良の智辯学園が選抜で優勝する等、力関係は逆転しつつあるが、今年は智辯和歌山復活を予感させる程戦力が充実している。いざ対戦したら昔実現した智辯対決以上の熱い戦いとなるだろう。


智辯共に次戦が厳しい。


智辯和歌山は初戦の戦いぶりを見るにまだまだ復活とは言いがたい。秋近畿を席巻したあの強力打線が本物かどうかは國學院栃木との試合で真価を問われる。もし、打線が振るわなければワンサイド負けも充分ある相手。こちらは勝率40%ぐらいかな。


智辯学園は今年は守りのチーム。打線の迫力に欠ける分、伊原、川釣の二枚看板に力がある。が、相手の創生館も今大会ナンバーワンの投手力を誇る。試合展開は恐らく昨年の智辯学園盛岡大付属のような展開。気掛かりは創生館に良い左腕が複数いること、左腕対策は万全で伊原が掴まるかもしれない。


が、きっと今大会は打線が奮起し、最後には両智辯が勝ち残り智辯対決は実現するだろう・・と信じている。今年も春の選抜は近畿が強いのだから。


一戦必勝、智辯対決実現しないかな~。

AI時代に必要とされる人間とは

ここ数年、 自動化、機械化はずっと経済の話題の中心となっており、いよいよテレビ等でもそういった話題を紹介するような時代になってきた。


日本は周回遅れだが、例えばアメリカではテスラの自動運転車が日々進化を遂げ高速道路ではすでに運転者はほぼハンドルを握らなくても良い。アマゾンは自動倉庫だけでなくレジがいらないコンビニを先日ついにオープンさせた。中国でもネット会計が90%になりレジに人間が必要なくなるのも時間の問題。世界は物凄いスピードで変化を遂げている。


自動運転により物流に携わる人間が、レジの消滅によりいわゆるチェッカーが、必要なくなる。そもそも、中国のように現金を使うことが悪だという社会になれば銀行の仕事等ほとんど必要なくなるし、超絶ブラックな環境で賄われている飲食業界等も機械化で多くの人間を削減することができる。


買い物もアマゾンだけでなくほとんどのブランドのものをネットで買える。企業側からしても店舗で買われるよりも通販の方が利益率が良いので、これからはネットで購入するお客様にはどんどんお得なセールを打っていき、世界中のほとんどのリアル店舗は今の昭和の商店街のように死んでいくこととなる。


恐ろしい時代になったものだとつくづく思う。現金とか消えてしまえ、と常々書いてきた私も正直もうこれ以上世の中便利にならなくて良いよって考えてしまう。便利になればなるほど、機械化が進めば進む程、あぶれる人が出てくる。ハッピーではなくなる人が増えてくるのだ。


AI化により、多くの人が職を失い、多くの伝統企業は消えてなくなることはほぼ間違いないと思うのだが、そういった時代に必要な人間ってどんな人って考えてもなかなか答えは出ない。

時間を持て余した人が多くなるから、例えば芸能人や娯楽等の需要は増えるから人々を楽しませることができる『特別な人間』はもちろんこれまで以上に必要とされる。

では、そうではない大多数の人間は?


私は今管理職で多くの部下を抱えているが、果たして私の仕事は機械ではできないのか?と言われると、正直そんなことはない。機械の方が膨大なデータをもとに間違いないのない判断ができるし、私に特別なカリスマ性があるわけでもない。ただ、若い人よりも経験・・があるだけ。


ただ、ひとつ。これからの時代は人に好かれる人が生き残っていくんだろうなとは漠然と思う。


30歳になり、自分が今の立場にいるのは本当に多くの人が自分を気にかけ、見込んでくれたからだと昨日実感する出来事があった。このような人間関係の喜び、いわゆる人間らしさ、というのがこれからの時代のキーになるに違いない。

ならばどうするかと言えば、自分自身が人を好きになること。そして、周りの人の為に生きることしかないのだと思う。


生態系が変わると言っても言い過ぎではないこれからの10年。くしくも平成という時代も終わる。生態系が変わると絶滅する種族が現れるが、私は別に長生きしたいわけではないが、生きているうちはどうせなら楽しく生きたいものである。


とんでもない時代になったものだ。

女性不振が治らない

人生30年生きてきたが、未だに苦手なことがある。それは女性の心理を理解するということだ。


仕事でもそうだが、あくまで私の経験則だが、人間関係において女性は男性の数百倍面倒くさい。なんでこんなに面倒くさいんだろうって本当に悩むときがある。特に私のように個人主義の自分は自分、他人はどこまで行っても他人という人種には理解が難しい。


例えば、職場内の人間関係でいつも問題を起こすのは女性同士である。とにかく派閥、グループを作りたがるし、仕事のできない同僚をすぐに見下したり、仲間外れにしようとする。さらには最も仲の良かった人を何かのきっかけですぐに嫌いになったり、合わない上司が来た時に真っ先に不満を言うのも往々にして女性である。男性は大体のことは我慢するし、自分でどうにかしようとする。少なくとも周りに悪影響は与えない。なのに、女性は周りを巻き込んで小さな問題をどんどん大きくしようとする。自分とは一生関係のない芸能人のスキャンダル等でキャーキャー喚くのも女性である。


感情で生きている・・と言えば聞こえは良いが、ただ単に我慢が足りない、ワガママなだけなんじゃないかと思うときがある。我々男性にももちろん感情はあるが、相手に不快な思いをさせてまで自分の感情を爆発させることはできないし、そもそも自分の現状に満足できないことを誰かにどうにかしてもらおうとか、誰かのせいとか思ったことが私にはない。自分の現状に満足できないなら自分のせいだなと諦めて大人しくしているか、それを改善する為に自分が変わるか、それしかない。


不思議なのは、こんな事を言う私のような男にではなく、女性は女性同士で仲が悪いことである。一見仲良くしている女性同士が実は陰で足の引っ張り合いをしていたり、女性の芸能人のスキャンダルには皆容赦がない。男性社会であれば、袴田吉彦や宮迫のように一時バッシングされても結局許してまた仲間になり関係を崩さずにやっていける。しかし、女性社会では無理である。ベッキーは時間を掛けて戻ってきたと思ったらタイキックでまたすぐ消えた。キョンキョンの不倫も許されそうにない。女性は同じ女性が成功する姿を見たくない、応援したくないのである。私はその思考回路にゾッとする。


もちろん全てが全てそういう人ではないが、学生時代からあまりにも多く女性同士のドロドロした理解不能な愛憎劇を見てきた為、私は基本的に女性のことが好きではない。多くの男性はその面倒くさい部分をセックスと天秤にかけて納得するのだろうけども、私はセックスしたい・・よりも女性は面倒くさいという方が基本的に大きい。


(そんな中、私が結婚しているのは奥さんにそういう所が無かった為である)


このまま女性社会が強くなっていくと、男性だけではなく結局女性同士が憎しみ合うことが多くなり、生きづらいようになってしまうんじゃないかなと少し気掛かりである。草食系男子の増加もわからないが、私のように女性の面倒くさい部分に嫌気がさして、性欲すらなくなってしまった事が原因なんじゃなかろうか。

時代の流れは止められないが、女性が社会でもっと中心になりたいのならば、それでもいい。しかし、性格の悪い男代表として一言言わせてもらいたいのは、やれるもんならやってみろ、ということである。社会的強者になるということはそれ相応の責任も伴うし、我慢も努力もしなければいけない。そのプレッシャーは本当に大きい。その立場になった時に、果たして世の女性達は耐えられるだろうか?甚だ疑問である。

アウトプットの重要性

最近、仕事の内容が多岐にわたるようになって来て、人前で話すことが多くなってきた。人前で話すと言ってもせいぜい4、50人の前なので何100人という人の前で話す人に比べたら大したことはない。それでも私は昔からとかく緊張する性なので正直このような機会は苦手である。


色々本等も読み、緊張しない方法を模索したが、結局のところ場数を踏むことと、しっかりとプレゼン資料を準備するしかないと最近結論づいた。自分の自信のあることや話したい内容であればあまり緊張しないし、誰かから頼まれて何の下準備も無しにアドリブで話さなければならない時は例え聞く人が数人でも緊張する。


その為、事前の準備、特にパワポ作りに多くの時間を割かないといけないのであるが、この過程を通じて改めてアウトプットの重要性を感じている。


学生の時から我々日本人はとかくインプットばかり学んで来たのだが、頭に入れているだけの知識は驚く程生きていく上で活用されないしすぐに忘れてしまう。しかし、不思議なもので大学で習った経済学の知識や簡単な数学的考えをプレゼンで話そうとパワポの資料に落とし込み、実際に人に話して見ると驚く程自分の頭に入ってくるし、どんどん新しいものを作ろうと意欲が湧いてくる。

私が人生で最も成績の良かった高校時代も、自分が友達に勉強を教えるというアウトプットをすることで自分の成績はどんどん伸びていった。一方で受け身でインプットする機会しかない友人はなかなか成績が伸びなかった。


昔から薄々感じてはいたが、恐らくこれははぼ間違いのない事実だろう。自分に子供ができたらインプットばかりではなくアウトプットする機会をどんどん増やす方針で教育していきたいと思う。


この日記習慣も重要なアウトプットの場である。小難しい内容のことも背伸びして嘘のないように自身の考えをまとめることでその分野の理解が深まる。やはり続けていかなくては・・。

採用という仕事

先日、ゲオで借りて以前から少し気になっていた「何者」を見た。


就活を題材にしたドロドロとした人間関係を描いた 作品で、最後はゾッとする落ちもありなかなか良かった。就活は私の人生の中でも最も緊張し、焦った経験でもあるので、こんな人いるなーとかでも実際そんなことは無いでしょというところも感じることができた。

あの作品を見て、共感する若者もいれば、我々の時代はもっと厳しかったという大人もいるだろう。私の就活はリーマンショックにより氷河期の再来と言われた時代でもあるし、今時のネットフル活用の就活の厳しさも知っているつもりなのでどちらの世代にも共感できるようなできないような気持ちもある。


ちなみに、私は少なくとも映画に出てくる学生達よりもっと就活を頑張っていたと思う。面接は30社程受けたし、3、4月はほぼ休みなく選考にあたり毎日毎日大阪と京都を行き来していた。


結果的に私は4月には就活を終えた。友人達も皆無事に内定をもらい、映画のような気まずい関係になることもなかった。本当に良かった。


そして、今は逆に人を採用する立場となった。


人を採用するという仕事は私はあまり好きではない。その人の人生を決めてしまうような判断をするには自分はまだ経験不足だし、偉くもないからである。人を見る目もない。と思っている。

が、そうも言ってられないので真剣に考えて採用するし、面接でも少しでも相手の未来に良い影響を与えたいと思い話をする。今思えば、圧迫面接とか偉そうな面接官とかなんやったんやろなと思う。そんなことをしては会社のイメージは失墜するし、たかが1学生という気持ちで採用の仕事にあたっているのであれば殿様商売としか言いようがない。その学生がいずれは自社のお客様になるかもしれない、不採用にするにしてもこんなチャンスはめったにないのに。


採用する側になり、学生に言いたいことは個性を大事にしてほしいということ。


他社、他の人はどうか知らないが、私は人柄ではなく能力で採用したいと思っている。自分の部下として働く・・という前提ならば、例えば人柄なんてものは自分の教育でいくらでも改善できると思うからである。逆に人柄は教育で改善できるが、生まれもった才能や強みは自分の教育では育てられない。だから、私は弱みより強みに焦点を充てて採用という仕事をすることが多い。多くの学生はみんな同じスーツを来て、同じようなありふれた事を話してくれるが、やはり知りたいのは素の部分、素直に自分の言葉で話してくれる人は印象に残る。


そもそも、面接だけでその人の適性なんてわからない。やはり本当の意味でマッチングした人材を確保するには実際に自社で仕事してもらうのが一番だと思うのだが、どこの大学もそういった事はしていない。


何かまとまりのない日記になってしまったが、採用する側になっても日本の就活には違和感しか感じない。と思う今日この頃。

ビットコイン終演のXデー

本日は久しぶりにプライベート以外の事を書く。最近なかなか時間が取れないが、日記をなるべく書くと言ってもプライベートで書ける事はあまりに少ない。


最近の話題に注目するとやはりビットコインと相撲の不祥事が連日報道されている。

まず、ビットコインだが、実は私は5年前ぐらいから、その存在は知っていて、当時一度取引したこともある。IT業界に勤めていたわけでもないのに、その存在を知っていたのは主にホリエモンのメルマガで当時から頻繁に話題になっていたからである。 私はホリエモンのメルマガは大学生の時から会員になっているのだが、今回この1年ぐらいで日本でもビットコインがメジャーなものになってきた光景を見て、初めて時代を先取りしていた感覚になった。他の人も含めてやはり有料メルマガを購読するというのはかなり大きな自己育成になるようだ。


当時のビットコインは投棄の対象ではなく、世界共通通貨になりえる可能性を秘めたネット通貨という印象であった。ブロックチェーンという画期的な仕組みにより安全性は保証されているし、もしこのビットコインが通貨に取り変わることができれば、全世界で現金を発行する無駄がなくなり、通貨発行権を失った国家はその意味をなくし本当の意味でのグローバル化が実現するのではないか?そんな夢のような可能性すらビットコインに感じることができた。


しかし、全世界国家という歴史上最大の既得権益を相手にしなければならないビットコインはいずれ衰退するだろうと私は思っていた。現に中国を初め様々な先進国で規制がされている。国家そのものの存亡を脅かすビットコインが主流になることは今後もないだろう。今回の頭の弱い日本人を標的にしたバブルが最後の盛り上がりとなるかもしれない。


インチェックのやらかしもあり、もうこれから参入しようとする人は日本でもいないと思うが、改めて警笛をならしたい。今回のバブルを最後にビットコインの歴史には残念ながら一時終止符が打たれるだろう。 その価値は最終的にはほぼ0になると思われる。


先進国が様々な規制をし、アメリカ大統領に保守のトランプがなった時点で、ビットコインの繁栄は一旦難しくなった。その可能性が絶たれた今、ビットコイン既得権益を持っている人達がやることはこの日本でのバブルを利用し、より高く売り抜けることだけである。ビットコインのほとんどを保有する中国人がそれをやるXデーはまもなくだろう。


さらに、今週のメルマガにて中島聡さんがさらなる警笛をならした。ビットコインの下落を引き留めようとしているもう1つの仮想通貨の存在。そこが発覚するのは時間の問題。興味がある人は中島聡さんのメルマガを是非読んで頂きたい。ビットコインには未来は無い。


今持っている人達は損切りを早急にしたほうが良い。ビットコインの仕組みにはノーベル賞並みの価値があるし、またいずれネット通貨としての価値を発揮する可能性はあるだろう。だが、今回のバブルは危険すぎるし、先は見えている。頭の弱いマスコミや著名人の誘惑に騙されず、今すぐに損切りしたほうが良いだろう。