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我が20代を振り返る① 失恋の興戸坂

20代も残りあと10ヶ月ぐらいとなった。年内には結婚もする。そんな節目を前に少しぐらい思い出に浸るのもいいではないか。ということで、流星ワゴンにでも乗った気持ちであの頃にタイムスリップしてみる。極めて個人的な内容になるため、誰が読んでもつまらないだろう。



2008年、かな。私が20歳だったのは。大学の2回生。私は秋田生まれの奈良育ちで、大学は京都の大学に進学していた。京都と言っても1、2回生の間は限りなく奈良寄りの興戸という駅の丘の上にそびえ立つキャンパスに通っていた。実家が西大寺と高の原の真ん中ぐらいにある私は勿論実家通い、大学受験の時は気にもしなかったが結果的に実家から近い大学に進学できたのは良かったし、中、高校時代の知り合いは居なかったが一緒に奈良方面に帰る友人も私にはそれなりにできていた。大学生活は当時確かに楽しかった。



2回生までの大学生活は至って普通であった。授業は基本的には全てでていたし、留年するような難易度の試験もほぼ無かった。アルバイトは中学の友人と地元のスーパーで週4日ぐらい、遅番で入っていた。バイトも色々な個性を持つ先輩達がいて楽しかった。大学に行くのも、バイトに行くのも楽しみなんて今思えば信じられないぐらいあのときは幸せだったはずである。


テニスサークルにも入っていた。私は高校の時に軟式テニスをしていたのだが、硬式テニスのサークルに入ることにした。なんでそこに決めたのかは正直あまり覚えていない。入学式かその次の日ぐらいに花見に誘われて、当時四回生だったお姉さんの優しさにコロッと行ってしまったのと、花見で会った同級生にたくさん同じ学部の人がいて彼らと一緒にいるのが当たり前になってしまったからだった。


タイムスリップできるならば、私はこのサークル選びだけはやり直す気もするし、でもやり直さない気もする。奈良から出たことが無かった田舎者の私にとって、そのサークルのアットホームさは居心地が良かった。しかししかし、その後わかったことだが、このサークルはテニスがまともにできる人はほとんどいないし、三回生の代以外はほぼ練習に来ない幽霊部員という存続の危機に瀕しているダメサークルでもあった。



ここまで書いてきて楽しそうな大学生活であるが当時私の頭を基本的に悩ませていたのは恋煩いであった。この一年はそういう面で見れば人生で一番悲惨な年だったかもしれない。一年の間で一回の失恋と一回の片思いしかできなかった。今思っても女心とは恐ろしいものである。


私はサークルの同回生の女の子にちょっかいを出していた。その子は隣のキャンパスの女子大の子で今思えばなんでその子のことが好きだったのかもわからないが、比較的大人しい感じの子で、サークル活動よりも学業やバイトを大事にする子だった。


私は比較的サークル内では誰とでも話せるタイプだったが、その子はあまり多くの人と打ち解けている様子ではなく人見知りであった。多分私は話やすいし異性を感じさせないから仲良くなりいつの間にか毎日のようにメールしたりする仲になっていた。
  

夏に合宿で宮崎に行った。学生の身分でなんて優雅な合宿と今は思うが、当時あろうことか私達は宮崎まで行ってその時間の半分ぐらいはテニスをしていた。私もそのサークルの中ではテニスは上手いし、熱意があるほうだったので他の観光なんて脇目も触れずテニスをしていた。今では考えられない。


そんで、あまり良く覚えていないが浜辺でビールかけをする時間があって誘われたのだが、私はその好きな子が服が濡れるのが嫌と言って断ったので一緒に自由時間を過ごすことになったのだった。結局ホテルの部屋で2人でトランプしたりお話をして過ごして、同回生からかなり冷やかされたのを覚えている。今の私ならその2人きりの時間で少なくとも手つないだり、キスしたりするが、あのときの自分にそんな発想はなく、ただ2人でいい感じになって満足していた。


当時の私はなんと意気地なしだったろう。ぶん殴ってやりたい。その後も合宿中終始いいムードだったにも関わらず私は告白もできなかった。高校時代に彼女は居たが、相手からのアプローチで付き合っていた為、自分から女性にどうアプローチしていいかわからなかったのである。


そのまま季節は秋になりますます私達2人は仲良くなった。周囲には付き合っていると思っていた人もいた。それでも、私は現状に満足していた。幸せだった。


今思えば、彼女の感情は秋ぐらいからたまに乱れていた。メールするのがめんどくさいとか、1人の時間が好きとか、キャリアウーマンになりたいとか、私に言って来たときもある。じゃ、メールしない方が良い??と聞くとそういうわけじゃないと。


季節は冬になり、別れは突然訪れた。彼女はサークルを辞めた。いきなり。理由は特に聞かされていないし、私からメールをしても返事は来なかった。そして、動転した私はそこで初めてメールで告白をしたのだった。


勿論、返事は来なかった。苦い経験だった。


ちなみに、この失恋には笑えない後日談もあった。実はその彼女は本当に短い間だったが、サークルの先輩と付き合っていたらしい。私がそのことを知ったのはなんと四回生の春だった。私はその先輩のことも大好きだから別に良いのだけど、振り返ってみれば自分の意気地なしさが酷い。笑えない。ちなみに、日記に書くかはわからないが、この手のやらかしを私はこれからも繰り返す。第一印象良くて、すぐ仲良くなって、ぐだぐだ友人やって、微妙な感じになってからフラレルというのは当時の私の鉄板パターンだった。これらの苦しみがあり今があると思えばそれまでだけど、学生時代、もうちょっと勇気があれば色々変わったことも多かったんだろうなって思う。


ちなみに、世間的にはこの年はエド・はるみがブレイクした年で、北京オリンピックが開かれていたようである。オリコン一位は嵐。この時からすでにオリコンはジャニーズに支配されていたのかと驚愕であるが、私が良く聞いていたのはMr.Childrenの『HANABI』。この歌がまた切ない感じなんだよな。


https://youtu.be/9gHciuhgsSo

人生は結局年功序列

思えば、私は20代の終盤を迎えている。この数年は転勤、転勤だったにも関わらずあっという間だった。大学を卒業して就職してもう6年以上経ったということは小学生時代を越えて、人生で家族を除いて最長の時間を同じコミュニティで過ごしていることになる。そう考えるとやはり就職してからの6年はあっという間であった。


20代は人生で一番楽しい時なのだと私は勝手に思っていたのだが、思い出せば厳しい体験ばかり思い出され決して楽しくはなかった。いや、楽しいのは楽しかったのだが、学生の時に想像してたそれとは違っていたのである。


人生は結局年功序列なのであることがよくわかった。  

私は今が20代で、もしかしたら人生で一番幸せである。それは何故なのか、色々要因はあるが結局のところ以前に比べて上司や先輩からとやかく言われる機会が激減したことが最も大きい事に気づいた。思えば、学生の頃から下級生の時代はあまり楽しくなかった。先輩にビクビクしながら遠慮しながら部活やサークルでも振る舞いがちだった。大学で色々な人に出会い、目上の人を持ち上げて、喜んでもらえる喜びを感じることができたが、それでも私は心の中では年功序列なんてくそくらえと思っていたし、後輩には一切そういう無駄な気遣いはいらないと言ってきた。


社会人なりたての頃なんて出会う人全員が上司で、飲み会やイベントの幹事は当然の如く全てやっていた。仕事でも小言を言われ、飲み会でも小言を言われ、当時はそれでも大人になった気でやりがいを感じていたりもしていたが、今思えば、あの時が一番きつかった。


偉くなるにつれて仕事量は多くなり、責任も大きくなったが、人に気を使い神経をすり減らすことはなくなった。今ではたまに訪問に来る月一回ぐらいしか顔を合わさない上司以外はほぼ自分の部下となっており、まぁストレスが少なくなった。自分が何も言わなければ、仕事終わりに飲みに行くこともないし、プライベートの時間も増えた。ほんとに仕事外での付き合いとか無意味だと思うし、自分が今の立場になってもその性格が変わらなかったことを誇りに思う。   


日本では至る所でこの年功序列の概念が発揮される為、仕事以外の人間関係ではまだまだ自分は下っ端で気を使う場面が多い。結局人間が本当に幸せを感じることができるのは周りの大半が自分より年下になったときなのかなと思う。それでも、20代より30代は人生は少しイージーモードに入っていくだろうと思う。


私が20代の頃一番頑張ったことは恐らく『我慢』だと思う。今思えば人生いつどうなってもおかしくなかった場面がいくつもあるが、自暴自棄にならず我慢してきたからこそ、今ようやく少し人生がイージーモードに入りつつある。我慢の代償だろうか、白髪も増えた。


ということで、今の若者に言いたいのは、20代というのは決して楽しいものでもなければ、華やかで自由なものではないということである。大半の人達にとっては30代に楽するための積み重ね、我慢の時期。まぁ、10代の時よりは金銭的にも余裕ができて、好きな時に好きな場所にも行けたりするのだけど。


逆に言えば、ある程度の地位になってしまえば、精神的にはイージーモードに入るし、周りに影響を与える人間になることができる。今が苦しくとも、何とかそう信じて頑張ってほしいものである。


20代ももう終わりが近づいているので、これから1年ごとにどんな事があったか思い出して、日記に書いてみようと思う。しかし、歳とったなぁ。元々人生30年と思っていたから、もう正直、いつ死んでもおかしくない。よくここまで頑張ったと、自分だけは自分を褒めてやりたい。

世の中の90%の資格は無意味

GWももう終盤を迎える中、今日1日私はとある資格試験に向けて最後の悪あがき的な猛勉強を行った。過去問とかをやりながら本当に呆れた。こんな資格取って何の意味があるんだよと。


私が今回受けなくてはならないのは環境衛生士という資格である。50人以上の労働者がいる自業場を管理する者は問答無用でこの資格を取らなければならなく、私は現状そのような立場にいるため、渋々受験することになった。法律には逆らえない。


しかし、勉強すればするほどもはや時間の無駄と感じるようになった。何故なら試験範囲にあるような内容は日常仕事をする上で全くと言っていい程関係が無い内容で、関係がある内容に関しては一般常識で大学生の頃から知ってるような内容ばかりだったからである。


仕事に関係のない内容としては、例えばエアコン使う場合の部屋の気積とか、照度は何ルクス以上じゃないとダメとか、糖類は口からアミラーゼという酵素によってブドウ糖になるとか、とにかくこんなこと覚えて何の意味があるの笑?という内容が非常に多い。普段仕事してて職場で気積が0,5s/mじゃないといけないとか誰が意識してるんだよ、二酸化炭素濃度が1000ppm以下になるように換気しようとかどうやって判断するんだよ、こんな知識無駄、無駄、無駄である。


数少ない仕事に関わるような内容も、一週間で40時間以上は時間外労働とか、有休がどうとか、休憩時間がどうとか一般常識だからわざわざ試験にする必要がない。


こういった試験の特に無意味なところは法律の総則とかである。衛生管理とは~~~~~~~~~~~~~~~~と長々と文章が続くわけだが、要は職場環境を良くするってことでしょ、なげーし、意味よくわかんねーよ、となるわけである。法律を作る人はもっと端的に表現するスキルを身につけるべきである。

まぁ、そんなこと言いつつも法律には逆らえないから合格するしかないのだけれど、今思えば学生の時よくあんな人生に無意味な勉強を飽きずにやっていたなとふと思った。当時はなんやかやそんなに苦になっていなかったし。今も流れにさえ乗ればこんなに下らない内容の資格勉強でも没頭できるし、私は勉強自体は確かに嫌いじゃない。この性格は本当に人生を助けてくれているはずである。


とはいえ、日本のほとんどの資格ってこんな感じで無意味なものばっかりなんだろうと思う。私は大学の時に簿記の資格を取ったがあれも何ら役に立ってないし、結局資格として勉強するより実際仕事でやってみて覚える方がよっぽど理解できるし、効率が良いのである。英検取るんだったら英語を使う仕事をすればいいし、簿記とるぐらいだったら実際に会社で就職して経理の仕事を教えてもらえばいいのである。


資格試験が存在するだけでその問題作ったり、採点したり、多額の受験料が掛かったり、試験対策産業が生まれたりという無駄が生まれる。世の中の多分90%ぐらいの資格は必要がない。

専門的な仕事にも別に資格は必要がない。資格試験で問われるような内容を理解していない人はその分野で戦っても食っていけず淘汰されるだけだから、資格がある、なしで分ける必要がない。資格を取ればとりあえずその分野で働ける・・という状態だと結局専門分野はがり勉の変わり者で多く占められてしまい競争性がなくなってしまう。人間性で採用をし、その後専門知識はOJTで叩き込むってのでもいいんじゃないかと思う。

さすがに、医者とかパイロットとか人の命に直結する仕事は私も資格を持っていてほしいと思ってしまうけれど。


AIが人間の仕事を奪っていく時代に入ると、資格や知識だけで生きてきた人はそれこそ食っていけなくなるだろう。ネット先進国ではすでに数年も前から全ての会計がオンライン決済になり会計士すら存在しなくなっている。そこには脱税も粉飾決算もない。


http://www.news-postseven.com/archives/20141029_283759.html?PAGE=1#container


日本もいずれはそうなる。銀行も税務署もいらない世界。専門知識なんて何の意味も持たない。そうなったとき、困らないように今のうちから不必要な資格はどんどん廃止してほしいものである。


とりわけ、今回私が受験する衛生管理士は不必要だと感じる。必要な時はネットで法律調べればいいのだから、調べてすぐわかることを丸暗記する意味って全くないよね。


まぁ、それでも私は真面目なので落ちないようにちゃんと追い込みを掛けるんですが・・。

この状況でパチンコできる奴は国賊

北朝鮮問題が世間を賑わせている中、私は個人が自律することが大事で政治とかはさして重要ではないと先日日記を書いた。しかし、この北朝鮮情勢に関して唯一許せない奴らがいる。それは未だにパチンコなぞやってる人達である。


パチンカス=クズ、は私の中で覆しようのない圧倒的真理なのでパチンコを批判する際は他のどんなことを批判するよりも迷いなく、恐れずにすることができる。


さてさて、こんなに世間が北朝鮮のミサイルにびびっている中で、北朝鮮のミサイル開発の資金となっている(可能性が高い)パチンコをやってる奴らはどういう神経しているのか本当に人間性を疑う。客も店員もである。北朝鮮にパチンコが関わっていることは恐らく大体のパチンコやってる人は知ってるはずだし、自分が楽しければそれでいいのか?頭がおかしいとしか思えない。しかも、勝ってるならまだしも、新基準の今のパチンコ、パチスロで勝てるわけがない。プロなんてもう絶滅危惧種北朝鮮にボランティアでお金をあげているだけである。


北朝鮮とパチンコの関係に関しては以下のブログが参考になりますね。


http://sp.ch.nicovideo.jp/smoky/blomaga/ar1245567


そもそもパチンコは北朝鮮から来たもので、過去に送金があったことは紛れもない事実、それが今は行われていないとなぜ思える?北朝鮮がいつまでもミサイル開発を続けられる資金がいったいどこから来ているのか?普通の人は疑問に思うはず。もし、送金されているかどうかわからなくとも、その可能性があると思うだけでとてもじゃないがそんなギャンブルに手を出したくない。皆こんなに北朝鮮情勢を心配している状況で。


そして、テレビのワイドショーやネットの論争でも驚くほどこのパチンコ問題は誰も話題にしない。ほんとにおかしいとしか言いようがない。アメリカの意向に従うしかない日本が唯一できることはパチンコを一斉禁止にし北朝鮮のミサイル開発資金を少しでも減らすことじゃないかなと思う。日本にはそれ以外にできることはない。


私はパチンコ撲滅を目指しているという一点のみで在特会桜井誠氏を応援している。こういう人はほんとにもっと出てきて頂きたい。


https://youtu.be/NsYWfQtWJcM


私が今まで出会った人間の中で、パチンコをしているが他の点では尊敬できるという人は1人たりともいなかった。例えタバコを吸っていても、酒癖が少々悪くても、女癖が悪くても、仕事ができなくとも、人間的には何かしら尊敬できるという人は少なくない。しかし、そこにパチンコを日常的にやっているというポイントが入ると、全く尊敬できる人がいなくなるから不思議である。パチンコをやるということは私が思うに人生を捨てるのと同意義である。


北朝鮮が騒いでいる今こそ、世間はこの朝鮮パチンコという日本最大の汚点を消し去るために、せっかくのGWにパチンコなぞやっている負け組に徹底的に冷たい視線を向けてほしいものである。韓国企業の電通を叩いた時のように、マスコミも力を発揮してほしいものである。まぁ、それができないから未だに全国各地にパチンコ屋がはびこっているわけだが。


政治もマスコミも警察権力も期待できないのであれば、もうパチンカスが行くのをやめるしかない。もし、この日記をたまたま見たパチンカーがいるならばすぐにでもパチンコをやめて頂きたい。強くお願いしたい。

題名にもあるように、この状況でパチンコやってる人間は国賊北朝鮮工作員と同じである。まずはパチンコ屋に行く前にそう自分に言い聞かせてほしい。自分のせいで万が一にでも北朝鮮から日本に核ミサイルが落ちてきて多くの人の命を奪うかもしれないと。


そして、次に休みの日にパチンコに行くしかやることがない自分の人生を蔑んでほしい。皆は大型連休で旅行なりを楽しんでいるのにパチンコ屋にいる自分を客観的に想像してほしい。なにもやることが無いにしても、本当にパチンコに行くことがベストなのか?そう一度自分に問うてほしい。


最後に、自分がこれから打つ機種で自分が勝てる確率を冷静に考えてほしい。例えば、最近でた人気機種、北斗7のスペックを思い浮かべてほしい。 


大当たり確率 1/319
確変率、継続率 65% 35%は時短7
右打ち時 65%は16R 35%は出玉なし時短100

例え1/319を確率以内で当てたとしても、最初の出玉がまずハナクソ、しかも35%引いたら時短7(笑)で即終了。運良く確変に突入したとしても、またまた35%を引いてしまうと出玉なしで時短に突入。継続率65%なのでいいとこ3連、もし3連した場合の出玉は多く見て5500発、等価で二万円ちょい。


釘もハナクソみたいな店ばっかりだと想像するが、まぁ1000円で20は回るとして2万で400回転。


どう考えても、勝てない。たまたま勝つことがあったとしてもこんなクソスペック、打ち続けていたら大敗するのは当たり前。冷静に考えてこんな確率に何万も掛けるのはおかしいとしか言いようがない。

もし、隣で10連も20連もしてる台があったとしたらそれは多分遠隔+サクラだろう。遠隔でも自分も当たる可能性があると考えるのはあまりにも無能、勝たせなくても、こんなクソスペックの台をノコノコうちにくる奴なんて餌を撒く必要もない。死ぬまで打ちにくれば?というのが店側の本音だろう。


パチンコ業界も完全に落ち目で店側もなりふり構わず絞り取りに来てる状態、未だにパチンコ屋に行ってる奴は無能、としか思えない。


上記を考慮してそれでも俺はパチンコ屋に行くというやつは勝手に行って破産すればいい。誰も困らない。


しかし、北朝鮮工作員と同じなのだから、保険も手当ても権利も日本で主張するなと言いたいし、戦争になれば責任を持って最前線で戦って頂くのは当然である。今の状況でパチンコをやる人には、それぐらいのリスクを課してもらわないと北朝鮮の脅威に怯えている人達が可哀想である。

なぜニコ生主、ユーチューバーを好きになれないのか?

資格試験があと10日後に迫っているのに、どうしても読みたい本があり、それがついに手に入った。そして、明日も仕事なのにこんな時間まで読みふけっている。


東浩紀さんの『ゲンロン0』。先日大阪に行った時に色々な書店を探したが全く置いてなく、住まいの最寄の本屋に今日ふらっと行ったら普通に置いてあった。まだ、七割ぐらいしか読めてないが非常に面白い、さすがの一言である。読み終えたらぜひ感想を記したいと思うし、皆買ってほしいなーと心から思える名著の予感がする。


で、今回の日記を書くきっかけとなったのは東浩紀YouTubeで動画検索してたらニコニコ超会議に出てたのがあってそれを見てたら、いわゆる雑談配信者と言われる方々に非常に嫌悪感を持ったからである。


https://youtu.be/De0BwBOcZCY


東浩紀夏野剛ひろゆきホリエモンが好きでよくYouTubeで動画を見ているのだが、けっこう誰これ?と思う生主の方が出てくることが多い。そういう人がでしゃばって来るのが嫌で大体共演してる動画は見るのをやめてしまうのだけど、今回はとにかく最新の東浩紀さんを見たいという一新でほぼ初めてニコニコ動画の世界では有名なのであろう生主の方々の話を聞いてみた。


彼らを応援してる人には申し訳ないが、正直、合わなかった。まだ、ヒカキンとかのユーチューバーの方が好感が持てる。ユーチューバーの人はもっと謙虚であるから。


4人の中では野田草履さんだけは謙虚さを感じることができたが、他の3人、特に石川典行、NERの2人は本当に嫌悪感を抱いたし、何も面白さを感じることができなかった。


今回彼らの何にそんなに嫌悪感を抱いたかというと、身の程を全く知らなかったからである。

経緯として、今年のニコニコ超会議はなんと北野武がゲストで出ており、本当は彼ら生主は北野武と一緒のステージに立ち、テレビ対ネットのような形で論壇が行われるはずであった。それをオフィス北野が急遽NGを出し、生主の出演はなくなり、いつものメンバー(夏野剛ひろゆき津田大介)といつも話すようなステージにしか立つことができなかった。確かにこれは同情するべき出来事である。


北野武はもっと段階を踏んで上がって来いという旨のことを話していたみたいだが、ニコニコ動画側がそれを許したこと、テレビからネットはまだまだ舐められていることに生主は怒りを持ったのだろう。特に石川典行、NERは俺たちは負けてないと怒りを露わにしていた。


しかし、この二時間にも及ぶやりとりを見て、普段ニコニコ動画を見ない私は、こいつら全然面白くないのによくこんな強気な事言えるなと思った。自分の身の程をほんとに知らないなと。ニコニコ動画ではこんな奴らが人気なの?どんな層が見てるの?とニコニコ動画の行く末すらも心配になった。


所詮は井の中の蛙、である。


相手は世界の北野、日本人なら誰もが知っているレジェンド。確かに我々の世代から見れば滑ってる時も多々ある、でもこれまで日本の芸能界、文化界を引っ張ってきたことは誰だって知ってる。それに比べれば、石川典行、NER、って誰?ひろゆきですら知らない人も世間的に見れば多数だと思う。


ニコニコ動画はテレビでできないことをやることに価値があるのは当然。私も学生のときはよく見ていたし、テレビよりも面白い動画はたくさんある。だからといって、明らかに自分より格上、目上の人に対して敬意を示せないのは面白いどうこうというより人間としてカッコ悪いと思う。確かに生主の方々から見れば、北野武にコケにされた形になったのかもしれないが、世間一般から見れば、あなた達にその土俵は早すぎるし、テレビに出てる芸能人がネットに幅をきかせることを毛嫌いしすぎ。器小さすぎ。


何よりも許せなかったのが、普段お世話になりまくってる夏野剛にまで噛みついたこと。ニコニコ動画という舞台がなければ何もできないのに、生きていけないのに、どういう感覚でいけばそれを提供してくれている夏野剛を批判できるのか。別に言いなりになる必要はないが、夏野剛の事情も普通察することができるし、察せなくても少しでも謙虚な気持ちがあればあんな態度は取れない。自分だったら、オフィス北野にNGを出されたとき、それを突き返せるのか??無理だろう。


さてさて、前置きは長くなったが、私は基本的にユーチューバーもニコ生主も嫌いである。今回改めて考えてみてその理由が何となくわかった気がする。


容姿が受け付けない。これが第一である。


東浩紀さんもひろゆきもそうなんだけど、なんでネットで生活してる人ってもっと容姿に気を配らないのだろう。いくら良いこと言ってても、面白くても、外見で生理的に無理っていう人いっぱいいると思う。ホリエモンはその辺昔の失敗を生かして最近頑張ってるなって思う。


テレビがいかに下らない内容の番組ばっかりやってても、やっぱ美男美女を見てるだけで何となく幸せな気持ちになれる。これは本当に大事な要素だと思う。NERとかはじめ社長がネットではイケメン扱いされてるのか知らないけど、正直別にそんなイケメンじゃないっしょ。



あとやっぱ最低限の常識が無い人じゃないと、大人からするときつい。石川典行とかNERとかを見てる人の年齢層がわからないのだけど、普通に社会で生きてる人から見たらガキにしか見えない。彼らの年齢は知らないし、私もまだ20代なのでもしかしたら彼らのが年上なのかもしれない。でも、今回の夏野剛に対する態度を見たり、あたかもテレビよりネット(自分たち)の方が面白いんだっていう主張を見てると常識無さすぎる。自由の意味を履き違えてはいけないのだと個人的には思う。テレビでできない自由な事をやるのは大賛成だけども、最低限の常識がないと一生テレビには勝てない。見る人の大半は社会で色んな人間関係に揉まれて頑張っている人なのだから。夏野剛もその1人。


茂木健一郎が日本のお笑いはオワコンみたいな事を言って炎上したこともあったが、どう考えても日本ではネットよりもテレビの方が強いし人気なのは普通に生活していればわかる。それが私自身も良いことだとは思わないけれど、ネット世界の著名人がそうやって謙虚さを忘れて醜態をさらしていく限りテレビの力はますます強くなっていってしまうだろう。


ニコニコ動画も昔はMAD動画とか好きだったけど、今回の生主のような彼らが第一線で活躍しているようであれば先は短いだろうなって思う。テレビともYouTubeとも違う独自の箱ができていながら、番組の質で衰退してしまうのは非常に残念である。コメントで突っ込みができるだけで素晴らしい強みなのだから、個人的には普通にテレビでやってるような番組で、もっと大衆受け狙っても別に良いような気もするのだが。ニコニコ動画=オタクのイメージは未だに強いし、所詮オタクはまだまだ世間ではマイノリティ、こんなにYouTubeと差が開くとは出てきた当初は思わなかったなぁ。


ニコニコ生主好きの人は気を悪くするような内容で申し訳ないが、なんか動画を見て気になったので、書いてしまった。

損する結婚儲かる離婚、それでも

私は結婚する。


https://www.amazon.co.jp/%E6%90%8D%E3%81%99%E3%82%8B%E7%B5%90%E5%A9%9A-%E5%84%B2%E3%81%8B%E3%82%8B%E9%9B%A2%E5%A9%9A-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E8%97%A4%E6%B2%A2-%E6%95%B0%E5%B8%8C/dp/4106107066

私が敬愛する藤沢数希氏の指摘する通り、ある程度収入が安定している男にとって、自分よりも低収入の女性との結婚はリスクでしかない。一度結婚してしまえば相手を養う義務が発生し、それが例えお互いの愛が覚めて別居になったとしても、彼女が生活できるだけのお金を男は払い続けなくてはならない。働かなくても生活できる彼女は勿論離婚に同意してくれず、ただ生活費をむしり取られ続ける言わばパパのような役割を彼女が新しい旦那を見つけるまでしなくてはならないのである。


こちらが浮気でもしようものなら、今度は慰謝料の請求に変わる。収入が上がれば上がるほど、それらに取られる金額も大きくなり、もはや出世するのも馬鹿らしい。結婚は男にとって地獄とはよく言ったものだ。


こんなに結婚制度は女性に有利になっているのに、当の本人は旦那の不満を近所のママ友達とつらつらと漏らし、奥さんに財布を握られてしまう家庭は非常に多い。世のお父さんを見てると泣けてくる。私はそんな状態耐えられない、家事ぐらい自分でできるし、1人でも生きていける。


なのに、私は結婚することにした。今回の転勤を機に覚悟を決めた。


結婚に夢を見るつもりはない。子供がそんなに好きなわけでもない。大学を卒業し、この会社にあと何十年勤めるのかと覚悟を決めたあの頃以上の覚悟を持って決めた。


理由は彼女が好きだからである。一過性の好きという感情はこれまで幾度となく感じてきた感情ではあるが、生まれて初めて一緒に暮らしたり、結婚したりということが具体的にイメージできた人と出会えた。家族にはそれほど感じたことがないが、家族愛というものは恐らくこういうことを言うのだろうなと思う。ただ異性として好きという感情を超えた愛情、それを感じることができたから結婚するのである。


こんな根暗な自分のことを本当に信じて着いて来てくれるのは彼女しかいないだろう。


結局、私の人生はなんやかんや言っても普通である。30になる前に結婚を意識したと周りから思われることだろう。

正直、世間体も意識した。一生独身でも個人的には寂しいわけではないのだが、周りからとやかく言われ続けるのは耐えられない。これは本音。本当に世間体を無視して自由に生きることができる人は凄いと思う。いくら合理的ではなくても、メリットがなくとも、現実世界で結婚は損と言ったり、独身貴族を横臥することはできない。所詮口だけである。


それでも、結婚を決意し、相手の両親にもご挨拶、了承を得て、私の人生は明らかに良い流れが来ていると感じる。仕事にもこれまで以上に責任感が出てきたし、周りの見る目も今まで以上に良くなってきていると自分では思う。結婚をすることで本当の意味で大人になるのだろう。


長いかどうかは分からない人生、これからも様々な苦難に襲われるだろうけど、この覚悟を決めることができたのだからもう何も恐れることはない。地に足をつけて、2人の人生を歩んでいきたい。


結婚はしても、自分の性格が変わる訳じゃないし、文章は書き続けたいのでこの日記はなるべく継続したい。誰が読んでるかもわからないけれど、単なる自己満足だけど、生きた証を残したい。

北朝鮮よりも怖い『自律』してない大人

最近、再び北朝鮮の話題が増えてきた。アメリカのトランプ大統領も強気の姿勢を崩さず、戦争が起きてしまうのではないかと心配する声も少なくない中、私は北朝鮮はそんな勝ち目の無い戦争をするほど馬鹿ではないと思っている。多分トランプ大統領もそう思っているだろうし、今の過剰な戦争を煽る報道や世論の流れは日本だけが損をする結末になりかねない。


北朝鮮イスラム国のようなもので、報道が過熱すればするほど日本人に対してある種の宣伝効果となり、頭の弱い人や日本政府に不満を持つ負け組を洗脳し味方につけることができる。アメリカは北朝鮮が威嚇してくれば武力行使をする口実ができる。こちらも、イスラム国に対する状況と同じで日本に対して防衛の為の兵器を売りつけたり、とにかく戦争は金になるので喜んで守ってはくれるだろう。結局のところ、今の状況は日本だけが心配、心配で北朝鮮、アメリカはそこまで緊迫した状況ではない。


北朝鮮が日本にミサイルをうってくる可能性は0ではないだろうが、アメリカ本土に攻撃を仕掛けることはあまりに現実味がないし、アメリカに勝てるわけがない。戦争になる可能性は極めて低いだろう。


しかし、全世界がいわゆる保守、自国第一に舵を取りだしていることは紛れもない事実であり、一昔前に比べて何やら平和ではなくなってきているのは見逃せない動きである。イギリスはEUを脱退し、アメリカではトランプが大統領に、ヨーロッパの各国の選挙を見ても保守派が力を強めてきている。日本も安部首相が長期政権になり、ただアメリカに守られている日本から憲法改正も含めて変わろうとしている。本当にこれは見逃せない流れ。


そんな平和ではなくなってきている世界で、私が最も恐れを感じているのが、『自律』できていない人間である。


私は何の才能もなく、これまで極めて平凡な人生を送ってきたが、ただ1つだけ常に守り続けてきた概念がある。それは『自律』、『自己責任』である。


自分の人生が満たされないのは100%自分のせいだし、自分がしたことに対しては自分が全て責任を負わなくてはならない。人に迷惑をかけないために、人の助けも基本的には借りない。あくまで自分『個人』の人生であり、国家や政治やその他諸々の事は関係がない・・事である。万が一戦争が起きるならば私は日本を捨てるし、戦争が原因で死んでしまうのであればそんなリスクのあるこの国に住んでいた自分の責任であると考える。


私の考えは勿論正しくないのかもしれないが、今の北朝鮮情勢のような状況になった際、北朝鮮を批判したり、アメリカを批判したり、日本政府を批判する人は結局戦争をするんだろうなと思う。今の自分が満たされない状況を他者のせいにする人はそれを改善する為にはその他者を負かすしかないのだから。それが1人ではできない、寂しい、怖いから仲間を探そうとする。その仲間は北朝鮮なのかもしれないし、イスラム国なのかもしれない。自分の人生がしょぼいのは完全に100%自分の責任なのに、日本の政治が悪い、世界が悪いと言って平気で人を殺すテロリストになってしまうのである。


私はそういう人が何よりも怖い。心のどこかで常に不満を溜めている人、自暴自棄になっている人、何でもいいから存在意義を見いだしたい人、色んな人がいるのだろうが、とにかくそういう人達はその状況は自己責任なのだから他人に迷惑かけるなと言いたい。死にたいなら1人で死ねばいいし、死にたくないなら自分の努力で何とかしろと。


ネットの力でどんどんグローバル化が進み、国家なんてどうでもいい個人の時代になってきて、戦争なんてもう起こらないでしょと思っていた時もあった自分が懐かしい。今の世界の流れは個人の時代からまた国家(集団)の時代に引き戻そうという流れ。最悪としか言いようがない。


何かの集団に属さないと生きていけない意味がわからない。(金銭的にではなく、精神的に)。どんな環境にいようが自分がどうするかしかないのだから、自分は変わらない。あくまで個人。そこだけは30代になっても、40代になっても意識して人生を送りたい。


とにかく、人に迷惑はかけない。自分の事は自分で責任持ってどうにかする。そう思うだけで戦争なんて起きないはずなのにな。