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十字架 重松清 いじめ問題に関して

重松清の十字架と流星ワゴンを読んだ。今回は十字架に関して。


中学二年の時、主人公のクラスメートがいじめが原因で自殺してしまう。その遺書に親友として名前を書かれた主人公が一人称で語る物語。主人公は被害者の幼馴染みであるが、随分前に関わりが薄くなり、いじめの傍観者だった。


全てのストーリーがクラスメートの自殺から進んでいき、その後の家族や主人公の時間の流れが坦々と進んでいく。あっと思わせる展開等もなく、ただリアルで重い話である。

もちろん、私の人間関係の中でいじめが原因で自殺した人はおらず、実際その当事者になってないのでリアルな事はわからない。

ただし、私が中学の時にもいじめはあった。そもそも、私も人生を通して高校の三年間(成績がトップでいつの間にか自分でもクールなキャラを装おっていた)以外は大概いじられキャラで、いじめる側の気持ちは全くわからないが、いじめられる側の気持ちはわかる。いじられが度を越し、されてる側が不快になってしまえば、それはいじめとなんら変わらない。

作品を通して語られるのは、過去は忘れられてしまうという事。高校、大学、社会人となるにつれ遺書に書かれた主人公でさえ、様々な記憶が風化していく。しかし、主人公以外のクラスメートはその比にならないスピードで事件について忘れていく。主人公は大人になるにつれてその事に気づき、改心する。被害者の家族は逆にずっと忘れられなかった苦しみから最後に解放されたのだろうか。作中でも、記者や被害者の父が忘れてはいけないと釘をさす行動を取るが、結局被害者家族と遺書に名前を書かれた当事者以外の人の時の流れは普通の人と同じように流れていく。それがやるせない。


私も中学の時は傍観者だった。その当時はいじめられる人がかなり変な個性を持っていた事もあり、まぁしょうがないよなぁとか思ったりもしていた。止めようと思った事は無かった。自分が標的にされるとかは考えなかったが、当時の私は人前でそんな意見を言えるタイプでは無かったし、自分の事で精一杯だったのだ。


今はどうか??今もし自分が教師だったとしたら、もちろんいじめはいけないとどんな事をしても止めようとすると思う。大体の大人はそうじゃなかろうか。当時と今、どう違うのか。

それはやはり、色々な事を経験し、自分なりの考えや行動をできるようになった点であろう。中学の時なんて、正直周りに流されるように生きてたし、人前でなにか発言するなんて考えられなかった。


中学生だ。それが普通じゃないかとも思うし、情けないなとも思う。


でも、と思う。普通のクラスでいじめの責任を所謂傍観者に求めるのは酷だ。中学生にそんな正義感、実際求められない。もし、ただ傍観してるのもいじめだと生徒に叱る教師がいるなら、私は真っ向から反対したい。



いじめ問題や体罰が世間的に問題になっている昨今、どうにかしなきゃいけないのは教師と親だと思う。

教師はいじめがある事に気付かない事自体が異常。そして事実がわかったなら、どんな事をしても止めなきゃいけない。とても難しい問題だけど、向き合い続けなきゃいけない。私ならやっぱりいじめた側に同じ苦しみを与えるか、何らかのペナルティを与える。クラス替えの編成をしっかり考えたり、何なら半年に一回クラス替えをしてもいいと思う。どうしても反りが合わない人はいるのだ、だったら当事者同士関わらないようにしてやればいい。

そもそも、教師が学生からそのままなれる事に私は一番不安を感じる。社会やビジネスを知らない人間が何をやろうが保護者からしたらちょっと信用できないんじゃないかと思う。結局生徒の大多数はサラリーマンになるのに、先生がどこでも働いた事がないってのはおかしい。

生徒や親から教師がなめられたらだめなのである。


次に、親である。やはりいじめられる人はどこか変わっている人が多い。外見的な話ならしょうがないが、内面的な事ならそれはやはり育ちも影響してるんだと思う。ただ、私は子供もいないし、育ての難しさも知らない。だから何とも言えない。


私がこれからの教育に求めるのは、生徒一人一人を公平に扱ってあげる事。学生なんだから、大人しい子もいれば元気な子もいる。勉強ができる子もいれば、スポーツを頑張っている子、絵がうまい子、一見何をやってもダメな子がいるかもしれない。でも、学校では芽が出なくてもその後の社会で大きく成功する人もいるかもしれない。大事なのは、一人一人がノビノビ自分の強みを表現できる環境を作ってあげる事。毎日が日替わりヒーローになるようなクラスなら、いじめは起きないと思う。

そして、いじめられて苦しんでいる子供に言いたい。先は長いんだ、学校での日々が全てではない。人生いくらでもやり直しはできる。だから恐れないで、自分のやりたいように生きよう。どうやっても今の環境が苦しいなら、環境を変えたっていい。人なんていくらでもいる、いつか解り合える人に出会えるさ。君たちは僕ら大人から見れば無限の可能性なんだ。