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金融小説を読む

1月4日から連休が始まり、少し遅れの正月休みに入った。やはり正月ののどかな空気は良いし、地元で過ごす休みは凄く癒しになった。

連休中になかなか読めずにいた本を読み漁った。ひとつは「巨大投資銀行 黒木亮」、もう1つが「グリード 真山仁」。どちらもいわゆる金融小説というものである。

今まで私はその手の小説はあまり読んでこなかったのだが、どちらの作品も凄く良かった。大投資銀行は日本のバブル崩壊後の外資の投資銀行対日本のメガバンクの戦いを描いた作品。グリードは2008年にアメリカで発生したサブプライムローンの破綻により全世界に大きな影響を与えたリーマンショックを題材にした、アメリカ金融会対日本の買収企業という話。


日本のバブルに関しては幼少期なので正直記憶に無い。親の話などを聞いて、あーそんな華やかな時代があったんだと思う程度であった。私が物心ついた時から日本はずっと不況だ。


リーマンショックに関しては、私が大学三回生の時に発生した。当時、新聞とかもほとんど読まなかったし、世間知らずだった私だがなんとなく凄い事が起きてるってのはわかったし、その後の就職活動では大体の企業は採用は減らしていたし、日本にも確かに影響を及ぼす大事件だった。


しかし、就職活動が無事終わってしまえば、そんな事も忘れてしまった。その後も日本の不景気に逆行し自分の会社は業績は良かったし、東北地震に見舞われたりと、あまり金融危機というものを私はちゃんと知る機会が無かった。


それが今回この二冊を読む事で理解できた。バブル、リーマンショックとは実際何なのかとても興味深かった。


私は就職活動で金融業界は見なかった。それは銀行の古い体質が好きじゃなかったから。目に見えない金融商品を必死に考える姿勢には感服するが、儲ける事にこだわるあまり無理なローンを組んだり、おごったりした時、バブルが起こり、またバブルが弾ける。メガ銀行の良い所はそれでも潰れないし、政府が介入し助ける事だ。昔ながらの古い体質で、問題が起きても対処しきれない、それでも、いつかは政府が介入し、いつのまにかそんな事は忘れられ、幹部達はさほど変わらないまま平然と活動している。


リーマンショックもアメリカの金融界が不動産ローンで欲を出しすぎて起きた悲劇だった。しかし、アメリカの凄い所はリーマン等の救済に政府がなかなか介入しなかったこと。日本ではすぐに政府がでてきて助けようとし、しかも国民もそんな不公平さにさほど興味を示さない。JALの時もそうだった。


この二冊を読んで思ったのは、金融危機というものはいきなり発生するのではなく、徐々にその兆候が見え始め、見てみぬふりしてたらいつの間にか取り返しのつかない事になってしまったという早期対処が何より大事だということ。

そして、大体の人間はほんとに追い込まれてやっと焦って動き出すということ。私も普段からこれやらないとダメなんだけどなーって後回しにしてたことはいつか事件となって跳ね返ってくる。


欲は善。それは確かにそうなのであるが、同時に世の中うまい話には必ず裏があるという事を私達は常に意識しなければいけない。楽しては儲けられないのだ。