高学歴社員を腐らさない為には

http://m.news-postseven.com/archives/20140315_245969.html

徐々にではあるが、東大や京大等高学歴な学生がいわゆる大手企業への就職を避け、ベンチャー企業へ就職したり、あるいは企業したりする事が増えてきているみたいだ。これは当然な事だと思う。今の日本の大手メーカーやメガバンクはとにかく体質が古い。日本的な年功序列や終身雇用はすでに時代遅れだし、そんな体質が抜けない日本企業は国際競争力が無く、どんどん淘汰されていっている所。将来を見据えれば、魅力は無い。


私はそんな学生を少し羨ましくも頼もしくも思う。自分が学生の頃は将来なんて適当に考えていたし、やりたい事も特になく、それでも真面目に就活やって、まぁ皆が知ってる企業に入った。幸いだったのは、私が働いている会社があまり伝統を重視せず、体質もそこまで固く無い事だった。もっとガチガチな会社だったら私はすでに辞めていただろう。


賛否両論あるだろうけど、終身雇用という概念を度外視するならば、私はまずは一度大手企業で働くのはとても良い事だと思う。やはりどんな事を最終的に志すにせよ、普通に社会人やる経験は何にも通じるし、やはり優秀な人に出会えるからだ。私もこの会社で優秀だと思う人に何人も出会い、勉強させてもらった。


しかし、私と会社にいる他の社員との決定的な違いは今の会社で骨を埋める気持ちがあるかないかだ。私には全く無い。この違いはあらゆる所にでる。私はいつクビになってもいいと思っているから、しょうもない社内ルールはあまり気にとめないし、いわゆるキャリアプランを聞かれても答えられない。今いる場所で全力を尽くす、これしかない。


話は逸れてしまったが、結論は始めに就職した企業が全てではないということだ。


私個人的には、東大とか京大の人ってやっぱりとんでもなく頭が良いと思う。私は自分自身を決して頭が悪いと思った事はないが、それぐらいのレベルの人にはやっぱり勝てない。学生の知り合いでも、社会人の知り合いでも何人かいるが皆間違いなく頭が良い。


よく高学歴な人は勉強ができるだけで、頭が良いわけではないという風潮があるが、それは社会人になって色々な人を見るたびあたってないなと思う。そもそも、東大とかがむしゃらに勉強して入れるもんじゃない。

そんな高学歴な同僚や後輩が、会社のシステムにがんじがらめにされているのを見るのが一番辛い。優秀な彼らでもこの会社で一生働くという気持ちがあると、やはり年々普通の社会人になって行ってしまう。それは会社にとっても大打撃なのであるが、国家としても大損失だ。私は部下には基本的に自由にやらせる。やり方は任せるけど、結果の責任は自分で取れよというスタンスだ。自分よりもよっぽど頭が良い人材には余計な過去のデータやマニュアルは無い方がおもしろい。


だから優秀な学生は就活の時点で将来を決めてしまう必要なんてないのである。何十年も同じ仕事をやるのが当たり前の社会なんて、早く変わってほしいものだ。


ところで、偏差値偏重の教育について脳科学者の茂木さんが暴れているらしいが、このテーマに答えはないんだと思う。私は勉強が別に苦にならなかったタイプだし、勉強はするに越した事はないと思う。何故勉強するのかと聞かれれば、難しいけど努力→成功体験をするためだと答えるだろう。がんばれば成果がでる、この根本的な思考を持つ為には学生時代になんらかの成功体験が必要である。


ただ、確かに日本の教育はダメ。何がだめかというと、先生があまりに実社会を知らなすぎる事。日本の教育現場は社会で働くということ、金を稼ぐ事に対して、無頓着すぎ。先生も教職という特殊な世界しか知らないし。


偏差値偏重教育は致し方ない部分もあるが、その一番の欠陥は大学の緩さにある。入ったらあとはふらふら遊んでいればいい大学こそ、この偏差値偏重教育の一番の要因。しかし、この教育の古ぼけた体質はなかなか変わらんだろうなぁ。