佐村河内、小保方晴子 人が抱える闇

佐村河内と小保方晴子氏が毎日のように世間を賑わせているが、簡単に言ってしまえば二人とも虚言癖だったということだ。佐村河内氏は言うまでもない、嘘を嘘で補おうとし、もはや論理がめちゃくちゃ。小保方氏もSTAP細胞の論文が捏造だらけで、半ば開き直りつつある状態である。


もちろん、この二人が悪く自業自得なのであるが、私は二人の気持ちがわからないでもないから辛い。別に同情とかするわけではなく、一種の同族嫌悪を抱いてしまうのである。ここからはかなり自分の闇をさらけ出す事になる。普段の感覚ではとてもじゃないが話せない事だ。ただ、自覚する必要がある事。


人間には誰しも闇というか暗い部分があるというが、一体私以外の他人はどんな闇を持っているのだろうか。普段からは想像もできない。ただ、私は特に周りから見るとそういった暗い部分が見えにくいと自覚している。別に意識しているわけじゃないが、裏表がなさそうに一見見えるのである。だから、ほんとに人生でごく一部、自分でもコントロールできないような感情をぶつけてしまった人は酷くショックを受けていた。もしかしたら、人間不振になっているかもしれない。


私の心の闇はかなり深いと自覚している。法律を犯したりはもちろんしないし、日頃生活しているほぼ大多数の時間はまともである。ただ、私も上記二人と同じように保身の為に小さな嘘をよくつく。嘘というよりごまかし。保身じゃなくても、事実を話すと面倒な時にちょっと話を変えて辻褄を合わせたり・・まぁ、冷静になれば自分が嫌になりそうな事を何度もしている。

そう私も虚言癖とさして変わらない悪習を持っているのだ。しかも、大体がバレようも無いことだったり、周到なのである。自分でその自覚があるため、周りにいくら人間性を褒められても凄く後ろめたい気持ちになる。ただ、これらのごまかしは他人を貶めたり、誰かに迷惑をかける事もないから普段は何も悪影響が及ばない。それに年々改善できている所でもある。


しかし、それ以上に厄介なのが、自分の人生に対する感情の無さである。他の人がどうなのかわからないが、私は自分の人生に執着が無い。もちろん、死ぬのは怖いし、嫌だけど、それ以外の事はあまり関心が沸かず、一人になるとまるで何をする気にもならない。場面場面では感動したり、心を動かす事があっても、なんかそれを冷静にみてるもう一人の自分がいて、自分の人生を自分が主役で歩いてる実感が無い。


それゆえに、時に驚く程生き方が適当になる。別にどうなってもいいや的な気持ちで、特に恋愛とかで急に付き合いが面倒になったりし、いきなり連絡が途絶えたり、適当な事言ったりしてしまう。その結果うまくいかなくなっても驚く程自分は冷静なのである。


仕事中とかはスイッチが入っているから、そんな事は無い。しかし、それも脳が酔っているだけで、急になんかこんな仕事どうでもいいよなって気分になったりする。


佐村河内氏や小保方氏は理性を失った状態の無気力な私に酷く似ている。自分の人生なんてどうなってもいいし、適当な事やってごまかしときゃいい。そういう心境じゃないと、あんなめちゃくちゃはできないのである。普通の人間なら。


私はそんな自分が嫌いだ。てか基本的に自分が嫌いだ。仕事や世間にいる自分がほんとなのか、一人になり何もかも無気力な自分がほんとなのか、どちらも自分なんだと思う。しかし、心の根底にある暗い感情、これはいつだってある。これが無くなったら、ほんとに生きるのが楽しいんだろな。


久々に自分の中にある闇を直視してみた。私はとんでもなくしょうもない人間だが、まだまだこれからどんな風にも変わっていける。それにしても、佐村河内氏も小保方氏も私もよくここまで一見真っ当に生きてこれたな・・。私ももっと人生に真摯に向き合わないと、いずれ二人のようにメッキが剥がされる日が来る。