読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

木質バイオマス発電②

再生エネルギーの切り札としてこれからより注目されていくだろう木質バイオマス発電に関して、日本で普及されていく上での課題はどういった所にあるのか。


まず1つに、木屑を発生させる製材業界自体が不調な事がある。前述した銘建工業は業界の中でも高い技術力を持ち高級製材に大きな強みがあった。その為、木質バイオマス発電を始める前も斜陽産業である製材業界で目立った実績をあげていたが、それ以外の製材業者は高度成長期を経て木材の需要が激減した日本において苦戦を強いられていた。木質バイオマスの大きな強みは産業廃棄物である木屑を再利用できるエコな部分にある。発電の為に木を切り、また製材するというのはできなくはないのだろうけど、効果は半減、しかも多大な量の木を切らなくてはいけない。環境問題にも大きなリスクを負う。銘建工業で木質バイオマス発電がうまいこと行ったのは、本業の製材業で実績があり産業廃棄物である多量の木屑の処理に頭を悩ませていた背景が大きい。


二つ目は法整備である。日本の木材離れの大きな要因はコンクリートや鉄等の資材が木材に比べ安全の面で強みがあると思われているからである。その信仰の元、日本では木造ビル等は建築法により建てる事ができない。私も普段の仕事でシステムキッチン等を扱う為、建築法は少し勉強した事があるのだが、耐火、耐震の面で木材は徹底的に規制されており、木材の需要は減る一方なのである。こういった木材に対する厳しい規制が無くならない限り、林業、製材業に日が当たる事は無く、木質バイオマス発電は普及されないであろう。


三つ目は、これはどの再生エネルギーにも言える事だが、今まで日本の経済を支えてきた原子力発電に関わる既得権益を守ろうとする勢力の反対。大手電力会社と官僚はベッタリな関係にあり、政局はやはり原子力に傾きがちである。東京電力等は今の状態でも再生エネルギーに目を向ける事はせず、原子力を早く再稼働させないと電気が足りない、料金は上がる一方だと政府に甘えている。


上記のような課題は簡単に解決する事が難しく、木質バイオマス発電は夢物語で終わってしまうのではないかと思ってしまう。しかし、現実にこの木質バイオマス発電を基幹産業とし、昨今不安定なヨーロッパ経済の中で安定した成長を続けてきたのがオーストリアである。オーストリア天然ガスを輸入する事で、ロシアに強い顔をされるのが嫌で国民投票で僅かな差で多数を得た木質バイオマス発電の開発が進み、今やこの分野では世界最先端を走る。国家として木質バイオマス発電に力を注ぎ続けている。


オーストリアの木質バイオマス発電に関する仕組みは非常に完成されたものだ。毎年切る事ができる木材の量は専門職の人が決める。日本には無い、木材や土地を管理する公務員みたいなものだが、この資格を取るのがかなり大変でオーストリア国内でその職についている人は所謂エリートだ。 また、日本と違い、オーストリアでは木造建築物の安全性が科学的に解明されている。その為、木造のマンションやビルが近年どんどん建てられている。特殊な製材を行う事で木材は他の資材と同等、それ以上に耐震や耐火において強みを持つ。それがオーストリアの常識になってきている。木材の需要が多ければ、その分再生エネルギーとしての木質バイオマス発電にも成果が出る。今は国内の10%の電力を賄っているが数年で35%賄えるようになると国家で計画されている。



オーストリアの仕組みは上記2つの問題を解決する。また、銘建工業はこれらのオーストリアの取組をどこよりも熱心に勉強し、日本の建築法に今真っ向から戦っている。事実、銘建工業が建てた木造ビルは神戸の耐震実験を難なくクリアした。銘建工業のこの積極的な行動は、百田尚樹氏によって描かれた(海賊と呼ばれた男)戦後の出光石油を彷彿とさせる。


3つ目に関しては、まずは政治に頼らない意識が大事なのかもしれない。地方でまず実績があがる事でいつの間にか永田町まで話が行くかもしれないし、現在の他の再生エネルギーもほとんど民間主導で進んでいる。政治にできる事は補助金をばらまくことぐらいだ。だから、まずは銘建工業のように地方から再生エネルギーを盛り上げていく事が大事。例えば、岡山県は電力を地元の木質バイオマス発電で賄おうみたいな話になれば面白い。


もちろん、どの発電方式も一長一短であるからこそ脱原発はここまで議論がまとまらなかった。しかし、大体の人の中で原発はいずれ無くなるというのは共通認識だと私は思っている。それならば、他のどれかの発電方式を日本も選択し、本腰を入れて取り組まなければいけない時期になっている。私はこの木質バイオマス発電に大きな期待をしている。国土が狭い日本でもエネルギーを自給できるかもしれないこの切り札に。銘建工業がその大きな責務を背負っている。今後の彼らの活動には目が離せない。