自由と規律

私が高校の時に凄くハマったドラマがある。女王の教室という天海祐希さん主演の学園ものドラマなのであるが、梅雨の休みで暇だったのでTSUTAYAで借りて久しぶりに見てみた。


懐かしさが大きいのかもしれないけど、私が高校の時にやっていたドラマは今より全然面白かった気がする。女王の教室の後にやっていたノブタをプロデュースも凄く面白かったし、あとは白い巨塔とかハゲタカとかも今見ても素晴らしい作品だと思う。最近のドラマはほとんど見ていないが、たまに見てもとにかく軽いか、展開がはちゃめちゃ過ぎてついていけないかのどちらかだ。

中でも一番好きだったのが、女王の教室。この作品には今なお教育業界が抱えている問題を凄くリアルに描いている。


天海祐希演じる悪魔のように厳しい小学生教師である阿久津と志田未来を中心とした生徒達の戦いを描いた作品。テストの成績順に雑用係を決めたり、生徒達の弱みを握る為に常に監視したり、逆らう生徒には成績関係無しに罰を与える、さらには夏休みにも登校させたり、ととにかく厳しい先生に対し、主人公は皆で楽しく学校生活を送りたいとしつこく反抗するが、次第にクラスから浮いて苛められていく。前半は人間の醜い部分を利用した阿久津の管理に徹底的に主人公が干されていくという暗い展開。阿久津のやり方よりも生徒間の裏切り合いに胸糞悪くなる場面が多い。


中盤から後半にかけ、主人公の努力が実り、生徒達が対阿久津に対し団結していく。阿久津の言うことを聞かずに全員で真っ向から対立していくが、次第に自分達のやり方は間違っているんじゃないかと主人公は思い始め、阿久津は保護者面談等を巧みに利用し、特に私立受験を目指す生徒達とそうじゃない人達の溝を作っていく。結局、生徒達が阿久津に対抗するには勉強や今やるべき事をしっかりやらなければいけないと団結した時には阿久津が教育委員会から現場からつまみ出され、お互いの気持ちは通じ合わないまま阿久津は教職員再教育センターへ、そして感動の卒業式という話だ。


天海祐希の衣装や演技が怖すぎて始めはホラーだと思っていたが、内容は歴代最高の教育ドラマだと思う。今色々調べると当時はモンスターペアレントからかなりの苦情が来たみたいだが、内容もブレず、よく最後までこの路線でいいものを作ってくれたと拍手を送りたい。ちなみに、阿久津の過去メインのスペシャルドラマもよくできている。


正直、成績が良かった側の人間からすると、阿久津のやり方は至極当然だと思ってしまう。勉強も部活もせずに負け犬根性で努力している人間をちゃかしたり、邪魔したりする人間はクラスの癌でしかない。学校でできないような事に目標があるなら良い。何の目標もなく、でも努力する気もなく、ただあぶれた力をどこに向けていいか分からず周りに悪影響を与える人間は社会にもたくさんいる。そういう人間の勘違いを改める為には、阿久津のように成績の悪い人間が徹底的に干されるやり方は間違いではないと思ってしまう。


そして、阿久津の良いところは、成績の良し悪しと自分に逆らうかどうか以外には生徒の接し方に違いが無いところ。全く感情がない為、えこひいきがない。成績が良くても逆らえば叱る、媚びを打ってきてもその生徒を利用するだけして最終的には叱る。一貫性がある。


実際の教育現場でこんなやり方はできないのかもしれない。しかし、日本の教育現場はこの時よりもさらに今路頭に迷っている。

体罰が大きな問題になっている事もあり、とにかく親と生徒がつけ上がっている。モンスターペアレントとかほんとにあほと思う。あんな親がいたらその子供の将来終わってるようなもん。私より少し下ぐらいの今の新入社員ですら打たれ弱いとか、自信過剰とかの傾向があると言われている。教育の責任は大きい。
 
私が思うに、人生が充実するかどうかというのは、どんな仕事をするかといかに前向きに色々な事にチャレンジできるか、この二点にほぼ委ねられると思う。人生の大半を占めるのが仕事、なのに仕事の時間が苦痛であったら人生は苦痛でしかない。しかし、今の仕事が苦痛なら他の事をやろうという前向きな意識があれば環境はすぐ変わるのに、その意識すら持たない人の多いこと。お金とか恋愛は前向きに誠実に人生を生きていれば、勝手についてくるものだと個人的には思う。だから、現場で最低限教えなければならないのは上記二点に直結する事である。


どんな仕事をするかに直結する事は他でもない勉強である。現在日本の就職活動は変わって来て、学歴が良くても良い企業に就職できないという風潮があるがそれは半分は正解である。それは高学歴の人間が起業する割合が増えてきた事も一要因でもある。ただし、学歴の無い人間の就職活動はさらに悲惨になる。いわゆる大企業に入るならやはりある程度の学歴は最低限必要だし、ある程度というのは世間一般で見れば高学歴と呼ばれる大学の事である。


もちろん、大企業に入る事が良いわけではない。専門的なスキルが必要な個人的な仕事もあるし、大企業には大企業の働き辛さもある。ただし、勉強をしていない人間には企業や仕事をまず選べない。どんな仕事でも何らかの勉強はしなきゃいけないし、そのやり方の根底になるのは学校の勉強なのである。

まずここが重要。勉強は割とマジでしなきゃやばいもの。人生それで決まると言っても過言ではないのに、現場の先生は生徒の成績に責任が無さ過ぎ。やりたくないならやらなければいい的な風潮は勉強に関しては許してはいけない。勉強嫌いの人に勉強をやる気にさせるのは確かに難しい。しかし、根底にあるのは何事も最大限の成果を目指す意義を生徒に教える事だと思う。自分の得意な事だけがんばりゃいいが通じるのは学生までという事を教えなきゃいけない。ちなみに、私は塾の講師が美人というだけで、誉められたい一心でいつの間にか学年トップになっていた。単純にそういった要因も大事。この先生に認められたいから結果を残したい、これはどんな生徒にも起こりうる感情だ。


勉強以外の大事な事。それが何事にも失敗を恐れず、前向きに行動できる心理である。これも学生の時に培わないと人生を棒に振ってしまう。

私もこれは大学生になるまで持てなかった。高校までは先生やあらゆるものに萎縮し、失敗しない事、周りから浮かない事をどうしても考えてしまっていたが、それでは自主性は育たない。今思えば、あの当時なんであんなに周りに合わせたり、やりたいことを我慢してたんだろうと後悔する。少しの前向きな積極性があるだけで、自分の高校生活はもっと充実した。


社会に出たら、自主性や前向きさが無いと生きていけない。これを培う為には普段から小さな成果を積み上げていく事が大事なのだが、これは学校で経験させてあげてほしい。それが勉強であろうと、スポーツであろうと、美術であろうと、個人で目標やプロセスを立て、努力すれば結果が出るんだと気づかせてやる、この小さな機会をなるべくたくさん作ってあげてほしい。心の根底に、自分はやればできるんだって気持ちがあるかないか、この違いはあまりにも大きい。職場で色んな大人を見るが、自主性が無い人間はやはり学生の頃自分で考え、成果をあげる達成感を経験できなかった人が多いんだと思う。


女王の教室を見て思ったのは、教師はやはりある種の万能性を備えてないといけないという事。子供が好きだという理由だけで、社会の事を知らない学生は教師になってはいけないんだと思う。私はそう思いながら今もバリバリ働きながら、教師程やりたい仕事はないとも思っている。五年民間大企業で働いた、今ならある程度教職になって学生達に教える事はできると感じているが、今の生活が充実してる。給料も確実に下がるし、夢か現実で割り切れない葛藤はまだまだ自分の中で続きそうだ。


最後に阿久津が最初の授業で言っていた事が秀逸すぎるので記しておく。


「日本という国はそういう特権階級の人達が楽しく幸せに暮らせるように、あなた達のような凡人が安い給料で働いて、高い税金を払う事で成り立っているんです。そういう特権階級の人達があなた達に何を望んでいるか知ってる??今のままずっと愚かでいてくれたらいいのに。社会の仕組みや不公平なんかに気づかず、ただテレビや漫画でもボーッと見て何も考えず、会社に入ったら大人しく上司の言うことを聞いて、戦争が始まったら真っ先に一番危険な所へ行って戦ってきたらいいの。」


こんな事最初の授業で言われたら、反骨心でコンチクショーってなるのが男だと思うんだけどなぁ。