生きにくい現代

ネット社会・・と言われはじめ何年が経つのだろうか。スマフォ、様々なアプリが出てきて、人々はいつでも誰かと繋がっていることができるようになった。代表的なのが、いわゆるSNSソーシャルメディアだ。

私もFacebook等は一応登録している(といっても、もう半年ぐらい開いていない)し、ITの普及で様々な事が便利になる事には100%賛成だ。ラインが出てきて、面倒なメールをうつ手間も省けたし、良いことずくしだ。

しかし、残念ながら私はまだそういったソーシャルメディアの楽しさがわからない。そもそも彼女ですら、1日数通のメールのやり取りさえ億劫な私には、常に誰かと繋がっているという感覚は束縛や息苦しさしか感じない。ラインの既読スルーなんて当たり前だ。大体普段ほとんど関わりがない人間の私生活に興味もないし、もしそういったソーシャルメディアに会社の人なんかから誘われたら最悪だ。あくまで、コミュニケーションは実際に会って取りたいし、ネット等はそのためのツールに過ぎない。


私みたいな人間には現代は本当に生きにくい。久しぶりに会う友人の近況を把握してなければ、Facebookを見てないと言われ、ラインの既読スルーなんてすればさも誰かをいじめたかのように怒られる。オフは自分の好きなようにさせてくれ、と思うのである。なんでみんなそんな1人が寂しいのだろう、私は1人の時間が一番落ち着く。



そんなネット社会への違和感は他にもある。私はニコニコ動画Youtube等の専門の動画の面白さが全然わからない。代表的なのはヒカキンやMAD動画と言われるものである。別に好きな人だけ見ればいいわけだし、批判はしないけれど、ああいう動画を何万人が見て、崇拝のコメントを書いてるのを見ると、違和感でしかない。もはや私のような人間の感性は古いのかもしれない。しかし、そういったネット限定の有名人に触発されて素人が様々な動画をあげる時代、私にはどうも着いていけない。


最近ではチャリティーの活動等もソーシャルメディアで行われるようになっている。アイス・バケツ・チャレンジと呼ばれる活動に賛否両論あるが、私は下記の台湾人患者と同じ気持ちである。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1806826.html



難病のALS患者への寄付のPRの為に行われているこの活動だが、なんというか凄く薄っぺらく感じてしまうのである。私がもし実際にその患者だったら、嬉しくも悲しくも感じると思うけど、なんというかソーシャルメディアでだけ流行るこういう活動って寒い。


もちろん、普段そういった難病の方に私が何か行っているわけじゃないし、行動できる彼らは素晴らしいのだけど、この動画を見て、じゃ俺もなんかやろうかとはならない。それは何故かわからない。ただ、彼らを見てカッコいいと思わない。単純にそれは大きい。

私の完全なる偏見だが、ネット限定の著名人とか、こういうソーシャルメディアの活動に参加する人って、単純に身なりや言うことが格好良くない。多分私の心に響かない理由ってそこなんだと思う。例えば、東日本大震災の時とかも、ソーシャルメディアの活動なんて見向きもしなかったけど、テレビで芸能人が色んなメッセージ送ってるの見たら、やっぱり凄く何かしなきゃって気になった。それはやはりその芸能人が格好良かったからだ。


アイス・バケツ・チャレンジの動画を見て、彼らよりもっとうまく何か活動できないかなとは思った。結果的には私も乗せられてしまったし、少しの寄付はしたいと思う。しかし、やはり私にはこういった芸能人でもモデルでもない人間がソーシャルメディアであげる動画にはどこか拒否反応を起こしてしまうし、何も面白みを感じない。何だろう、自分と関係がない学校の学祭の出し物を見てるような寒気がするのである。


そういった半分素人の人があげる動画を見てると、いわゆる芸能人ってやっぱり本物なんだなって思う。いくらネット社会がこれからどんどん進んでも、私はやはり素人の動画にはあまり関心を持たないだろうし、他人のプライベートにも興味は持たないだろう。しかし、世界は確実に変わってきている。生きにくい世の中である。