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逆境マニア

また体調を崩した。軽い風邪のようなものだけど、今年に入ってからもはや数え切れないぐらい私は体調を崩している。明らかに身体の免疫力は低下しているし、今年はインフルエンザの予防接種受けようと思う。逆に予防接種を一切受けずにここ十年ほどインフルエンザにかかってない為、予防接種を受けることで変なフラグたててしまわないか心配である。


病は気からとも言うが私はその言葉を信じて来なかった。いつだって、気持ちと関係なく身体が先に悲鳴をあげてきたからだ。体調が悪い→気持ちも冴えないの流れであり、病は気からではなかった。


しかし、今回は病は気からなのかもしれない。ストレスがいつになく溜まっている。そのストレスというのは、結果を出して当たり前という周りからの期待、失うものしかない今の自分の仕事の状態から来ている。普通の人なら上司やもっと上の存在から期待されるのが嬉しくてやる気を出すのだろうが、私は違う。前評判の低いところから周りが思いも寄らないような結果を出して、今までエリートぶってた奴らにあっと言わせるのに仕事のやりがいを感じていた私は、常に結果を期待されたり、長い目で良い状態を守っていくような事は性格上向いていない。短期で結果を出し、結果が出たらまた別の事をやりたい。


人間というのはとかく欲望の大きい生き物だと痛感する。私はこの数ヶ月程、あらゆる数字でライバルと言われる部署や人間を叩きのめすような結果を出し続けてきた。仕事だからあまり詳しく言えないが、評価を競い合うグループが変わった事もあり、挨拶代わりに自分達の実力を見せつけようと頑張ったのである。そして、ずっとそのグループではあらゆる数字で一番だった。しかし、この状態は私の能力を半減させる所謂守りに入ってしまう状態である。毎週一番の数字を出すのが当たり前になると自分の仕事にきつさを感じるようになった。二番には絶対になりたくないし、かといって一番になっても嬉しくない。私の中ですでにその仕事に対する興味ややりがいはなくなっている。3週程続けて実績が出たぐらいでもう満足というか、他の事をやりたくなった。上司は一番であり続ける事、その仕事で、さらに実績をあげることを求めてくる。


私の最も良くないところは、本気を出せば結果が出るということがわかってしまうとそこで満足してしまうことだ。もし追い込まれても本気をだして、あのやり方をすれば勝てる、そんな保証はなくともなんとなくそう思えてしまうともうその時点で満足してしまうのである。私が最も燃えるのは、その満足感をえるまでの過程。そして、よりその満足感を得やすいのはやはり前評判の低い状態。どうせ、そんな結果出せやしない、あいつには無理だ、そう思われていると俄然やる気になる。簡単に言えば私は偏屈者なのだ。


そもそも、数字の一番なんてものに価値はない。もう私のやり方が正しいとほぼ決まった時点で、もし一週間何らかの理由で二番になったとしても、何ら問題は感じない。安定して結果がでるやり方が見つかった、それで良いじゃないか。もうこの分野に伸びしろはない。他にやりたいこともあるからそれに時間を割きたい。


1サラリーマンとしては私は生意気すぎる。しかし、私はそういう人間だ。守りには向いていないし、常に何も失うものは無いという状態に、少なくとも仕事ではいたい。そのメンタルが今まで考えられもしなかったようなアイデアに繋がるからだ。金よりも出世よりも私は自己満足やエリート達の慢心を叩きのめす事に仕事のやりがいを感じる。前評判や前提を覆すことに。


だから、今の自分や上司や職場の名誉や評価を守るような、失うものを極力ださないような働き方はつまらないし、苦しい。自分のこのわがままな性格にも嫌気がさす。

毎日コツコツと遠い目標に向かって努力できる人は本当に素晴らしいと思う。私はいつになったら、その場しのぎのモチベーションや目標ではなく、長い目でみた生きがいや夢を見つけられるのだろうか。


病は気から。今回の体調不良は長引きそうだ。