佐藤ママが批判される恐怖の時代

ネットの普及により、完全に個人の時代に移行しつつある世界の中で、いわゆる一般人がいきなり有名になったり、不特定多数の人間から賛否を受ける機会が非常に増えてきた。

テレビや新聞でしか情報を受けることしかできなかった時代では、例えば今回の佐藤ママのような個人が特集されても、佐藤ママ本人が自分と関わりが無いような人間からどう思われているかなんかなんて知りようが無かったし、気にもしなかったと思う。しかし、今の時代、ネットニュースに流れるとすぐさままとめサイトで取り上げされ、悪く言うと晒し者にされてしまい、本人も否応なく世間から自分がどう思われているのか良くも悪くも簡単に知ることができる。芸能人や政治家ならまだしも、一般人ですらこのような状況にさらされてしまうのは冷静に考えれば恐怖としか言いようがない。


佐藤ママとは、3人の息子を皆東大に合格させたお受験ママの事である。彼女はひょんなことから取材をされ、一躍ネット住人の暇つぶしの燃料として投下された。


ネット上で一般人と一般人がやり合うのならまだいいのだが、一般人を著名人が批判するのは私は違和感しか感じない。大人気ないし、自分の発言の影響力を意識してなさすぎると思うからである。今回の佐藤ママに関しても、例えば乙武氏が「この3兄弟が幸せな人生を歩んでゆける事を願うばかり」、「東大に入ることが幸せかどうか云々」とネット上で呟いているが、そういうのは私は無しだと思う。何、著名人が一般人の家庭の事真面目にコメントしてんねんと。私が佐藤ママなら、は?そんなこと他人に言われることやないし、どうせ受験するんやったら目標は高ければ高い方がええやん何言ってるんと思うだろう。


乙武氏のような著名人がこのようにたかが一般人相手に、しかも別に何も悪いことしていないにも関わらず、私的な感情を公にするというのはあってはならないと思う。著名人が燃料を投下することにより、ネット住人の騒ぎはより大きくなり、いつしか批判、批判の負のスパイラルを巻き起こすからである。著名人が一般人を評価するなら、基本は誉めてあげないと。慣れてない一般人がネットで袋叩きにあうなんて、可哀想すぎる。犯罪者ならともかくだ。


しかし、何故日本人は佐藤家族のような勝ち組を素直に称えることができず、僻んでしまうのだろうか。東大に行くことが幸せじゃない??そんなの東大合格してから言えよと思う。いつかの日記に書いたが、受験に勝てない学生の大半は地元で傷を舐めあうように生きていくことになる。これは私が思う真実である。


私は中学時代ほとんど勉強せず、偏差値の低い高校に入り、高校で勉強に目覚め学年トップになり、大学受験は受けた大学全てに合格した経緯を持つ。勉強せず部活と遊びに明け暮れた中学時代と真面目に予習復習をし学年トップになった高校時代、どっちが幸せだったかというと断然高校時代だった。それは1つの目標に対して真剣に努力する楽しさと達成感があったからだ。そして、戦いで勝つことの味を初めて知ったからである。


そして、世間的には良いと言われる大学に通い出してからは高校時代の知り合いとはあまり連まなくなった。大学の所謂今まで様々な事に勝ってきた同級生達の方が圧倒的に魅力的だったからだ。


私は佐藤ママの3人の息子は少なくとも明確な意志を持って受験勉強に取り組んでいたと思う。ていうか、東大の医学部なんて何となく勉強しても受からないよ。明確な意志が無いと。そして、そういった成功体験を持つ若者が幸せになる確率は非常に高い。東大に入る事が幸せに繋がるのは、若くして非常に高い壁を自分の努力で越える経験ができるからである。自分に自信が持て、何事にも積極的に取り組めるようになるからである。さらに言うと、周りの人間も意識が高い人間ばかりで刺激を受けられる。そして、地元でプラプラしてても絶対に出会えないようなS級女子とも付き合えるかもしれないのだ。


受験を諦める人間が何故幸せになれないのか。私が思うに、それは負け犬根性が染み付いてしまうからである。学校に通ってるにも関わらず、受験という戦いに色々な言い訳をつけて逃げる人間は、その後の人生でもとかく逃げ癖がつく。高学歴、高収入の人間に心のどこかで妬みや劣等感を抱き、気づけば周りの人間も自分が気楽で居られるような人しかいなくなり刺激もない。そして、自分の子供に夢を託すことしかできなくなるのだ。部活を頑張ってた?それで大学の推薦貰える程の技術があるの?県大会何位?


部活を頑張ってても、彼女に構いながらも、学業で結果を出さなければいけない。私は逆に学業の成績=部活をする為、女の子と遊ぶ為の免罪符だと思っていた。部活に熱中しようが、女に夢中になろうが、成績が良ければ誰も文句は言わない。


仕事と同じである。部活を頑張ってようが、恋愛を頑張ってようが、評価されない。プライベートでめちゃくちゃしてても仕事で結果を出していれば大正義なのである。受験から逃げる学生が社会人になった時、彼らは給料を労働の対価として当たり前に貰えるものと考える。しかし、実際はそうではない。給料は労働の成果に支払われる。利益をあげて初めて与えることができるのだ。だから、結果を出さない人間には本来給料は与えられるものではない。学業と同じく結果に拘らなければならない。そうなれば、あとは仕事で結果を出すためには限られた時間をどう分配するかと考えるのが勝ち組、どうせ結果なんて残せないから俺は俺でいいんだと好きな事に逃げるのが負け組。

佐藤ママは親切にもその勝ち組の時間の使い方を皆さんに伝授してあげようとしているだけ。東大に合格する(仕事で最高の成果をあげる)為の効率の良い時間分配の仕方を教えてあげているだけである。何故批判されなきゃいけないのか。


日本の教育は確かに問題点だらけだと思うが、受験ごときから逃げる学生がその後の様々な戦いで勝てるとは私は思わない。東大に入る=幸せになれる確率が高いというのは総合的に見れば正しいのは明白である。何故、勉強するのか。何故、あらゆる勝負事には勝たないといけないのか。それを教育することを放棄する親に比べれば、佐藤ママは本当に素晴らしいママだと思う。