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暗黒阪神の思ひ出

シルバーウィーク最終日の最終局面、事件が起きた。なんとこの至極個人的な日記に今日の20時以降だけで14000のアクセスが来ていた。私のこのクソつまらない日記にである。驚きを通り越して少し怖くなった。そして、そんなにも多くの人はいったい何を目指して私の日記に辿り着いたのだろう。とりあえず、多くの人にとって期待を裏切る内容だったに違いない為、お詫びをしておく。しかし、ほんとに何が起こったのだろうか。未だにこのはてなブログを日記を書く以外の使い方がわからないため、調べられない。


ところで、阪神中村勝広GMが急死した。幼少の頃はガチな阪神ファンであった為、色々昔の事を思い出す。中村GMが監督だった頃、確かに阪神は暗黒だった。しかし、暗黒阪神には暗黒阪神の良さがあり、今のようにAクラスが当たり前のようになった阪神より、私は昔の暗黒阪神の方が思い入れが強かった。


とはいえ、私が主に阪神ファンだったのは、小学生の頃でその時は吉田監督→ノムサンの時代だった。今でもあの頃の事は鮮明に覚えている。阪神と入れ替わるように暗黒に突入した今の横浜よりも、スタメンのメンツや成績はやばかった。

代表的なのは桧山と新庄。どちらも打率は規定到達の選手の中では最低クラスの二割三分ぐらい。ホームランも確かに阪神の中では多かったが20本前後。この2人が紛れもなく打線の主軸を担っていた。下位打線はもっと悲惨、不動のレギュラーがほぼいない状態で、無名の若手や他チームを戦力外になったベテラン、ハズレ外人が毎日のように入れ替わり、その誰もが好調を一週間も維持できず、最終的には二割半ば、ホームラン一桁のような成績であった。キャッチャーも矢野が台頭するまでは固定できず、あのカツノリが割とまともな活躍をしていた記憶がある。


そして、打てないだけでなく守りも酷かった。ショート今岡とかがまかり通っていたし、盗塁できる瞬足の野手もほぼいなかった。せいぜい代走要因の高波ぐらいである。そんな中で野手陣唯一の楽しみが現監督の和田の打率と、八木の代打成功率ぐらいだった。しかし、その和田もシーズン通して三割打つわけでもなく、打率ランキングのトップ10に入ればいいぐらいであった。今では考えられないが、どんなランキングでもトップ10に阪神の選手がいるだけで本当に嬉しかった。


投手は当時頑張ってると言われていた。しかし、実際頑張ってたのはエースの藪と中継ぎだけである。当時の阪神にはとにかく速球派の投手がおらず、140キロ出るか出ないかの投手のローテーション。先発は隔年で活躍する川尻がダメな年は藪以外総崩れ、完投能力なんて皆無な為、中継ぎ陣は毎日のように登板して何とか試合を作るものの、打線が全く点を取れず敗戦。中継ぎ陣は変則投手ばかりだった。アンダーハンドの伊藤、葛西。左サイドの遠山。彼らは暗黒阪神の誇りだった。遠山に至っては、一時期松井、高橋が全く打てず、ワンポイントで出てくるだけで球場が盛り上がった。ノムサン時代の遠山→葛西→遠山といった継投は今思えばどんだけ他に選手いないねんって感じだったし、相手チームからしたら凄いリズムの悪い継投だったと思う。

野球中継が大体夜7時から始まるのだが、基本的にその時点で三点差ぐらいで負けてたり、二番手投手がマウンドにあがってたりする。虎キラーの投手が各チームにおり、特に巨人の槙原、斎藤、中日の山本昌、横浜の三浦が相手の時は全く勝てる気がしなかった。


そんな暗黒時代もノムサンが来てから徐々に変わっていく。坪井の入団、新庄、桧山の覚醒(打率が五分ぐらい上昇)、赤星の入団、井川、浜中の台頭等明らかにそれまでと違った雰囲気が生まれはじめ、若手が育ち出した。ノムサンは結局三年連続最下位だったが、毎年出足は良かったし、楽しみは明らかに増えた。


そして、星野監督の就任。片岡、下柳、金本、伊良部らの大型補強に加え、ムーア、ウィリアムスらの外人が当たる。そして、圧倒的強さでの優勝。


2003年の優勝が阪神ファンとしての私としてはゴールとなった。生え抜きと補強組と若手とベテランがうまくかみ合ったあんなに素晴らしい阪神はもう二度と現れないだろう。日本シリーズではそれ以上に最強だった百打点カルテットのダイエーに負けたものの、本当に暗黒阪神をずっと応援してて良かったなという最高の一年だった。

そこから落合中日対岡田阪神の時代に入り、それはそれで楽しかった。そして、暗黒阪神を戦ってきた選手達は次々引退し、今の阪神では監督の和田と福原ぐらいとなった。寂しいものである。

今年は歴史に残る混セとなり、阪神にもまだ優勝のチャンスはあるのだか、やはり何か暗黒阪神から強くなっていったチーム程応援しがいがない。何故、あんなに弱かったのに暗黒阪神は魅力的だったのか、本当に不思議である。



中村GMは暗黒阪神時代を現場で過ごし、その後の強い阪神を作った功労者である。本当にご冥福をお祈りしたい。