ちっぽけな夢への第一歩

ついに先日私は今年も誕生日を迎えた。いわゆるアラサーと言われる年齢の仲間入りを迎え、ふと思った。実際自分はあと何年生きれるのかと。生きなければいけないのかと。もしかしたら、明日死ぬかもしれない、本気でそうは思わずとも心のどこかでは覚悟しながら生きてきたつもりだ。だから、私は実はこれまでの人生、そんなに後悔はない。しかし、ひとつやり残した事がある。小説を出すというちっぽけな夢である。そろそろ動き出さないと現実的に夢を叶えるのが難しいかもしれない。だから、大事な人に誕生日を祝ってもらいながら私は覚悟を決めた。この一年で自分の納得のいく話を書き上げる。


ということで、知り合いが誰も知らないこの日記を少しずつ活用していこうと思う。今までと同じように好きなこと書きながらたまにはお話を考えて書いていこうと思う。ということで、




『他がために(仮)』

あなたはまだ生きているの?
薄暗い部屋の中、誰もいないはずなのに耳元で聞き覚えのある女の声が聞こえる。何故か体が動かない。しかし、私は抵抗しない。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
そう心の中で何度も呟く。女に首を締められているような感覚が私を襲いだんだんと息ができなくなる。そうだ、もういっそのこと殺してくれ。それで気が済むなら、殺してくれ。外は雨が降っているようで、ザーザーという雨音が耳の鼓膜を潰すかのような大きさで鳴り続いている。そして、それがピタッと止んで静けさに包まれる。
許さない。
また、聞き覚えのある女の憎しみの隠った声がした。

私は今日も悪夢から目が覚めた。




フランスのパリで中東の過激派組織によるテロが行われたらしい。何やら死傷者も出ているみたいだ。私はネットニュースでその事実を知る。が、まるで現実感がない。私はいつもそのような悲劇的な出来事を想定して生きているにも関わらず、実際に当事者としてそのような事態に直面したことがない。私の生きている世界はいつも平和で穏やかだ。もし、私がそのテロの現場に居れば何ができただろう??私はこんなニュースを見るといつもそう思う。自分が犠牲になることで誰かを守ることができただろうか、少しでも世の中の為になるような死に方ができただろうかと。私はいつでもその心積もりはできている。どうせ死ぬなら、真っ当な人間の為に死にたい。それが今の私の唯一の望みだ。


こんな話をすれば、彼は偽善者と鼻で笑う。彼女は残された人のことを何も考えていないと怒る。だから、私は普段勿論そんな話はしない。しかし、これは偽善でもなんでもない。そんなに立派なものではない。ただ、私は生きることに疲れドロップアウトしたいだけだ。全国に何人といる自殺志願者のそれと変わらない。私は世の中にも何にも不満があるわけではない、むしろ感謝している。だから、どうせ死ぬなら、誰かの為に死にたい、それだけだ。


例えば、道路で車に轢かれそうな子供がいてそれを助けて死ぬ。これなら、私の周りの人間も悲しむだろうが私の事を誇りに思ってくれるだろう。よくある病死や事故死よりもその悲しむは少なくて済むだろうし、助けた子供の無限の可能性が守られる。これなら誰も文句は言えまい。最高な死に方だ。そんなチャンスが早く訪れないものだろうか。神様がいるなら早く私を楽にして下さい。私はいつもそんなことを考えている。


命を賭けないにしても、自分の人生なんてどうでもいい。人の為に死ぬチャンスが訪れるまで、人の為に生きるんだ。そう自分に言い聞かせ、今日も私は他人の求める理想の人間像を思い浮かべ、日常に入り込んでいく。そもそも、本当の自分って何なんだろう、私は自分で自分がわからない。



てな感じで第一章終了。かなり暗い話になりそうだ。これをもし読んでる人がいれば、一応訂正しておきますが、これは勿論私の実生活の話ではありません笑。あくまでフィクションです。だから、安心して読んで下さい。しかし、改めて小説書くのって大変だ。これは本当に一年かかるかもしれない。