生きているという奇跡

なにかと忙しかったりしてもう日記を書くこともないかなと思っていたが、久しぶりに書きたくなったので書いてみる。


何故急に書きたくなったかというと、最近人付き合いが非常に億劫に感じることが多くなったからである。私は基本的には対人恐怖症であり、自分では人付き合いが苦手な人種だと理解している。1人で生きることができるならば、それに越したことはないという暗い人間だ。しかし、なんやかんやで今まで築き上げてきたものがある。それなりに勉強し世間的にはいいと言われる大学に入り、いわゆる大企業で働いてそれなりの立場になるに至った。こんな性格の自分が社会に一見ちゃんと適応できているのは奇跡としか言いようがない。    


しかし、社会に出て経験を積めば積む程、辛さが出るようになってきた。その原因は、競争に疲れたこと、社会で勝つタイプの人間が私にとって嫌いなタイプがほとんどだということに気づいてしまったことである。人生で培ってきた甘い性格のままではこの先は厳しいのだろうなと思う。


私が思うに出世する人間のほとんどは、他人より自分優先、欲が大きい、攻撃的なタイプである。勿論、それは当たり前のことで、皆たゆまぬ努力で勝利を掴み取っていて、私もいつも憧れにも似た感情を抱いている。逆に出世できない人間の共通点は、大人しい、遠慮しがち、周りに合わせるタイプである。あくまで個人的には、出世に能力はあまり関係なく、性格が占める割合がほとんどだと思う。



ただ、私が出世できるタイプの人間になれと言われてもそれは無理な話である。私は自分に厳しくすることはできても、他人に厳しくしたり、他人を蹴落とすことはできない。それが人生で培ってきた性格だからである。甘いと言われようが、自分優先の人生なんて考えられない。


それは、小学校の時に軽いいじめを受けていたことが原因かもしれないし、そもそも基本的にずっといじられキャラで来たことが原因かもしれない。誰かに虐げられる苦しみがわかるから、極力他人に迷惑をかけることはしたくない。他人の妬みや恨みも買いたくない。他人を蹴落とすことで、その人の中に妬みや恨みの感情が生まれるのが嫌なのである。
 

人を育てる為には、利益を出す為には厳しさが必要なのはわかる。ある種の緊張感が無いと結果を出せないタイプの人もいる。


それでも、皆必死に生きているのに、生きているだけで凄いことなのに、せっかくの人生なのに、なんでわざわざ怒ったり、怒られたり、結果を出せないと弱者扱いしたり、嫌々仕事する人をたくさん生まなきゃならないのだろうか。

私はこんなに苦しい人生をどんな境遇でも生き抜いてきただけで、その人を尊敬できる。そんな人をたかが仕事が少しできないからというだけでけなすことはできない。

本当に生きているだけで凄いことである。学生でもなければ、生きる為には働かなければならない。それだけでも本当に凄いことだ。


だから、私は変わらない。誰も蹴落としたくないし、他人に厳しくするつもりもない。幸い、生まれ持ったポテンシャルは人並みにはあるため、あくまで数字を出すことで結果を出す。部下や周りが結果を出せないなら自分がその分頑張ればいい。自分に厳しく、他人に甘く、謙虚に、それで果たして今の社会でどこまで行けるだろうか。


たかが、仕事である。仕事で悩み、人生そのものまで苦しく感じている人は本当に可哀想である。心臓が動いているだけで本当に奇跡のような確率なのだから、どうせなら皆楽しく生きれる社会になってほしい。仕事だけじゃなく、他人よりも自分が優れていたいという欲望は不要である。そんな欲があるから、自分より強いものを妬み、弱いものを馬鹿にする。自分は自分、他人は他人。ただそれだけ。そう考えれば、あらゆる事を許せるようになる。

久しぶりの日記はよくわからないことになってしまったが、まぁ、自分は自分。とにかく、他人に迷惑をかけない人生を送りたい。