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ゆとり教育と『最近の若者』は関係ない

近年、仕事ができない新入社員や若手社員を称して『ゆとり世代』だからとよく言われるようになった。テレビでもゆとり世代は、常識が無いとしてまるでダメ人間の扱いを受け、クソオヤジやクソババアの談笑のネタにされる光景をよく目にする。ネットでゆとり世代と検索すれば、何の根拠もなくゆとり世代はこういう人間だと真面目に馬鹿にするサイトがいくつも出てくる。


https://careerpark.jp/4000


私も何を隠そうゆとり世代である。しかし、少なくとも社会に出てから私が実際に出会ったゆとり世代にはよく言われるようなダメ人間はおらず、どう考えても上の世代よりも仕事ができる人間ばかりであった。だから、近年のゆとり世代を馬鹿にする偏向報道には非常に嫌気がさす。


私はゆとり教育は大成功だったと思っている。何故なら、学校の勉強というのはほとんどはその中身には何の意味もなく、所謂詰め込み、根性で良い成績を取ったからと言って社会に何一つ還元できることはないからである。ゆとり教育には総合という何をやってもいい授業があるのだが、それも使い方次第ではとんでもない効果を持つ。例えば職場体験やボランティア等、普通の授業では学ぶことができない社会経験を学ぶことができる。日本の教育に最も不足している社会経験という時間を補う素晴らしい取り組みだと思う。


普通の科目で大事なのは、考え方の教育であって答えのマル覚えではない。例えば、数学的な思考力や国語によるコミュニケーションスキル、歴史の流れを知ることは確かにこの世界で生きていく為には必要な事である。しかし、その思考力を補うのに、円周率が3,14であろうが3であろうが関係ない。ゆとり教育で充分なのである。


では、何故近年ここまでゆとり世代が馬鹿にされる偏向情報に溢れているのか??


それはひとえに高齢化が原因であると思う。日本の平均年齢がどんどん上がるにつれて、テレビも物も彼らが好む内容に当然変わっていく。選挙等でもそうだが、彼らが喜ぶことをしないと生きていけないのでしょうがない。もしかしたら、そこには妬みもあるのかもしれない、自分達はこんなに苦労してきたのに、若い奴は自由に生きやがってという。
  

でも、確かにテレビ等で言われるようなゆとり世代の人間は社会にはそれなりにいるのだと思う。私も、上司とのつきあいの酒なんて飲みたくないし、(誘われれば行くけど)、合理的ではないよくわからない根性論、式たりは大嫌いである。   

しかし、もし自分の会社のゆとり世代がそんな奴ばっかりなのであれば、それはその会社がヤバいだけである。そもそも、なんでそんな奴採用したのか、そんな奴しか採用できないほどその会社は落ちぶれているということだ。将来性を買って採用してすぐ辞められたのならその会社が新入社員からみてその程度の魅力しかなかったということ。そして、会社をそんなのにしたのは、根性だけで成り上がってきたおっさん、おばはんである。


今の日本の現状を作ったのはゆとり世代を批判する奴らである。何も考えず、ただガムシャラに仕事をしていれば繁栄できる時代はとうの昔に終わっていたのに、それに気づかず、世界から大きく遅れをとった今の日本。しかし、所謂ゆとり世代はネットを駆使し、そんなおっさん達が支配する現実はある程度無視し、新しい時代を作りあげている。


私は昭和の時代の雰囲気や音楽も好きだ。先日旅行で飛騨高山の昭和館に行ってきたが、本当に楽しかった。古き良き日本の伝統もある程度は理解している。しかし、上の世代がもっと時代の変化に順応しないと本当に日本は落ちぶれ続けると思う。


ゆとり世代は馬鹿にされるが、近年あらゆる世界で今までは考えられない若さで成功する人間が出てきてるのも事実である。私が思うに、例えば日本ハムの大谷、フィギュアスケートの羽生なんかはゆとり世代を代表する選手だと思う。


なんというか、ほんとに凄いことをやってるのにとにかく謙虚、人間性が素晴らしい。昔のちょっと成功したらすぐ調子に乗る世代とは大違いである。誰も不快にさせないし、謙虚であるがゆえに成績も圧倒的。


そんなゆとり初期世代の私が、所謂ゆとり世代の後輩に接する際に上の世代が注意すべき事を考えてみる。


①歳が上というだけで偉そうにしようとするな。偉そうにしていいのは結果を出している人間だけ。結果を出していないならば、年下にも謙虚に接すれば心を開いてくれる。   


②何故?と聞かれてちゃんと答えられないような仕事はそもそもやめてしまえ。何故やるのか意味がわからない仕事やルールには不信感を抱く、説明できないならそもそもそんな仕事無くしてしまえばいい。


③とりあえず、一回はご飯奢れ。意外と最近、若手社員に払わせる人が多い。誘われて嫌な気持ちがあったとしても、奢りならば話は別。一回目は奢る、それ以降も基本的には後輩より多く払わなければならない。


④飲み会は一次会まで。二次会以降は後輩の判断に任せる。飲み会に来ないのはいつ終わるかわからないという不安があるから。二次会以降は基本やらず、後輩が誘ってくればノルというスタンスが大事。


⑤飲みで仕事のグチや誰かの悪口を言うな。後輩のダメ出しもするな。酒が不味くなる。


⑥休みの日まで干渉するな。


⑦そもそも、何か1つぐらい後輩に尊敬される部分を持て。外見でも、仕事でも、人間性でもいいからこの人のようになりたいと思わせる事が1つでもないとどんな小手先の作戦も無意味である。


と、まぁ、こんなものかなと思う。私が個人的に思うのは身なり、外見は意外と重要であるということ。大人がかっこよくないから、子供がグレるのである。


部下を教育する上で最も大事なことは、あの山本五十六の名言に集約されている。


「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」

「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」

「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」


ゆとり世代を馬鹿にする世代の人達はこれができているだろうか。少なくとも、仕事のできるできないにゆとり教育は関係はない。自分の部下がダメなのは、それは自分がダメだからである。ゆとり世代を馬鹿にするということは、自分達の世代も馬鹿にしているというかとなのだ。新しい時代には、ゆとり教育を受けた若者のセンスが必ず必要になる、そのときに上の世代が今のようでは日本で生きたいという人もどんどん減っていくことになるだろう。