読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サイコパスを持ち上げる社会

最近、いわゆるサイコパス、人格異常者を題材にしたドラマや映画等が本当に多いと思うし、人気である。少し前では伊藤英明が演じた『悪の教典』がTSUTAYA等でも人気作品として大きく取り上げられていたし、最近でも『ヒメノアール』、『クリーピー偽りの隣人』は何となく私も借りて見た。他にも、うしじまくんのドラマでかの有名な北九州一家監禁殺人事件を題材にした洗脳くん編もやっていたし、私個人的には日本中で近年急激にこのようなサイコパスが主人公となる作品が増えてきており、そういう話が面白いと好んで見る人も多くなっていると感じている。


そんなサイコパスブームの火付けとなった事件は恐らく、北九州一家監禁殺人事件である。うしじまくんの洗脳くん編はこの事件を完コピしてると言っても過言ではないし、クリーピー偽りの隣人も強く影響を受けているような内容であった。


https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%9B%A3%E7%A6%81%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6


サイコパスと言われる犯人は様々な方法で家族を洗脳し互いに殺し合いをさせ、自分は直接手を下さずに家族を崩壊させていったらしい。


結論から言うと私はこういった類の日本の作品は嫌いである。まず、文学的な側面で言うと、ストーリーが最終的に必ず頭おかしい奴がめちゃくちゃするという結末になってしまい、何の面白みもない。そりゃ楽だよ、サイコパスという肩書きを持った登場人物にめちゃくちゃさせれば話の大方ができてしまうのだから。他のジャンルの話を考えるよりもサイコパスものは非常にストーリーを考えるのが簡単だと思う。なので、悪の教典等が映画化される前から原作が評価されていたのも正直よくわからない。頭のおかしい教師が生徒をぶっ殺していく、ただそれだけの話なのに。


そして、往々にしてサイコパスとされる人物がカッコ良く、魅力的に描かれているのも嫌である。そうしないと売れないからしょうがないのかもしれないが、サイコパス=魅力的という風潮を確実に世間に植え付けていると私は思う。これが実はけっこう厄介である。


サイコパスに関してネットで調べて見ても、一見魅力的だと大体のページに書かれているのだが、それは一体何を根拠にそう言っているのだろうか??例えば、周りから好かれたい為に自分の弱みを隠したり、少し嘘ついてみたり、背伸びしてみたりというのはサイコパスじゃなくても大体皆やっていること。いわゆるセルフプロデュースがうまい人は異性にモテたり、出世したりするのは当たり前の事で、それとサイコパスは何ら関係は無いと個人的には思う。そういったセルフプロデュースができない世間から隔離された学者が成功者を妬んでごっちゃにしてまっているだけ。私が思うサイコパスとはただ頭がおかしいだけの人間、サイコパスに洗脳される人間も頭が弱い人間であると定義している。  


サイコパス=魅力的という概念は本当に危険である。特に若い人は、例えば悪の教典伊藤英明を見て自分もこんな風になりたいと思うかもしれないし、人を殺す事がかっこいい事だと勘違いするかもしれない。それがごく少数だとしても、頭の弱い人間はそういったものにすぐ洗脳されてしまう。信じられないかもしれないが、イスラム国の殺戮動画を見て仲間になりたいと思ってしまう人間は世界中にたくさんいる。日本にも。最近のサイコパスを持ち上げる風潮はそんな頭の弱い人間を洗脳するには充分すぎる内容じゃないかなと思う。   


それに、サイコパスという言葉自体も本当は良くないのかもしれない。凶悪事件が起きたらすぐサイコパスだから、サイコパスだからと騒ぎ原因を探ろうとしない。精神疾患だから無罪とかも多くのドラマや映画で見る光景だが、サイコパスだろうとなんだろうと関係なく犯してしまった事実に対して刑罰は与えなくてはならない。事件が起きた原因=サイコパスだからでは、同じ悲劇は繰り返され続ける。サイコパスという言葉自体が凶悪事件に対する簡単な答えとして使われすぎ、もっと原因は詰めなきゃならないと思う。


こういった凶悪事件を元にした話を、金の為に、世の中にエンターテイメントとして作品を出してしまう人間の心が理解できない。彼らは一体どういった人をターゲットに、どんな気持ちになってほしくて作品を作っているのだろうか。売れれば何でもいいのかよと思う。


しかし、私は北九州の事件や他様々なサイコパスによる洗脳が絡む事件やそれを題材にした作品を見る度に、騙されている人間こそ精神疾患だと思ってしまう。自分がいくら弱み握られてたり、脅されてても、人殺すなんて普通できないと思う。要するに心の根底に殺される相手より自分の方が生き延びたい(あわよくば自分の弱みもばらされたくない)って思ってるわけで、それこそサイコパス的思考。なんでそんなに自分中心に、しかも虐げられてる身で思えるのか理解不能。誰か殺さなきゃ生きれないなら私は迷うことなく自分が死ぬ。殺人犯になってまで生きたくない。


大きくはこういった犯罪に絡むケースから、小さくは宗教の勧誘まで、こういう風に簡単に洗脳されてしまう人間こそ私は本気で怖い。洗脳されてるからって、何しても良い訳じゃない。こういう人間にも何かしら罰が与えられる世の中になってほしい。日本にはあまりにも流されやすい人間が多すぎるし、感情でしか物事を判断できない頭の弱い人間が多すぎる。マスコミもそういった人間を煽って金を稼いでいる。ほんとにちゃんちゃらおかしいと思う。



勿論、言論の自由だからどんな作品が世の中で流行ってもいいのだけれど、特にサイコパス系の作品は作り手の悪意を感じる。こんなサイコパスな殺人鬼が言葉巧みに人を操りめちゃくちゃすれば皆怖がったり興奮したりするんでしょっていう思惑が凄い見受けられる。そして、残念ながら作り手の思惑通り踊らされる視聴者。このサイコパスブームがもっと続けば、なんかの作品を模倣した事件なんかもどんどん起きていくことになると懸念される。どっかでこの流れは止まってほしい。