我が20代を振り返る① 失恋の興戸坂

20代も残りあと10ヶ月ぐらいとなった。年内には結婚もする。そんな節目を前に少しぐらい思い出に浸るのもいいではないか。ということで、流星ワゴンにでも乗った気持ちであの頃にタイムスリップしてみる。極めて個人的な内容になるため、誰が読んでもつまらないだろう。



2008年、かな。私が20歳だったのは。大学の2回生。私は秋田生まれの奈良育ちで、大学は京都の大学に進学していた。京都と言っても1、2回生の間は限りなく奈良寄りの興戸という駅の丘の上にそびえ立つキャンパスに通っていた。実家が西大寺と高の原の真ん中ぐらいにある私は勿論実家通い、大学受験の時は気にもしなかったが結果的に実家から近い大学に進学できたのは良かったし、中、高校時代の知り合いは居なかったが一緒に奈良方面に帰る友人も私にはそれなりにできていた。大学生活は当時確かに楽しかった。



2回生までの大学生活は至って普通であった。授業は基本的には全てでていたし、留年するような難易度の試験もほぼ無かった。アルバイトは中学の友人と地元のスーパーで週4日ぐらい、遅番で入っていた。バイトも色々な個性を持つ先輩達がいて楽しかった。大学に行くのも、バイトに行くのも楽しみなんて今思えば信じられないぐらいあのときは幸せだったはずである。


テニスサークルにも入っていた。私は高校の時に軟式テニスをしていたのだが、硬式テニスのサークルに入ることにした。なんでそこに決めたのかは正直あまり覚えていない。入学式かその次の日ぐらいに花見に誘われて、当時四回生だったお姉さんの優しさにコロッと行ってしまったのと、花見で会った同級生にたくさん同じ学部の人がいて彼らと一緒にいるのが当たり前になってしまったからだった。


タイムスリップできるならば、私はこのサークル選びだけはやり直す気もするし、でもやり直さない気もする。奈良から出たことが無かった田舎者の私にとって、そのサークルのアットホームさは居心地が良かった。しかししかし、その後わかったことだが、このサークルはテニスがまともにできる人はほとんどいないし、三回生の代以外はほぼ練習に来ない幽霊部員という存続の危機に瀕しているダメサークルでもあった。



ここまで書いてきて楽しそうな大学生活であるが当時私の頭を基本的に悩ませていたのは恋煩いであった。この一年はそういう面で見れば人生で一番悲惨な年だったかもしれない。一年の間で一回の失恋と一回の片思いしかできなかった。今思っても女心とは恐ろしいものである。


私はサークルの同回生の女の子にちょっかいを出していた。その子は隣のキャンパスの女子大の子で今思えばなんでその子のことが好きだったのかもわからないが、比較的大人しい感じの子で、サークル活動よりも学業やバイトを大事にする子だった。


私は比較的サークル内では誰とでも話せるタイプだったが、その子はあまり多くの人と打ち解けている様子ではなく人見知りであった。多分私は話やすいし異性を感じさせないから仲良くなりいつの間にか毎日のようにメールしたりする仲になっていた。
  

夏に合宿で宮崎に行った。学生の身分でなんて優雅な合宿と今は思うが、当時あろうことか私達は宮崎まで行ってその時間の半分ぐらいはテニスをしていた。私もそのサークルの中ではテニスは上手いし、熱意があるほうだったので他の観光なんて脇目も触れずテニスをしていた。今では考えられない。


そんで、あまり良く覚えていないが浜辺でビールかけをする時間があって誘われたのだが、私はその好きな子が服が濡れるのが嫌と言って断ったので一緒に自由時間を過ごすことになったのだった。結局ホテルの部屋で2人でトランプしたりお話をして過ごして、同回生からかなり冷やかされたのを覚えている。今の私ならその2人きりの時間で少なくとも手つないだり、キスしたりするが、あのときの自分にそんな発想はなく、ただ2人でいい感じになって満足していた。


当時の私はなんと意気地なしだったろう。ぶん殴ってやりたい。その後も合宿中終始いいムードだったにも関わらず私は告白もできなかった。高校時代に彼女は居たが、相手からのアプローチで付き合っていた為、自分から女性にどうアプローチしていいかわからなかったのである。


そのまま季節は秋になりますます私達2人は仲良くなった。周囲には付き合っていると思っていた人もいた。それでも、私は現状に満足していた。幸せだった。


今思えば、彼女の感情は秋ぐらいからたまに乱れていた。メールするのがめんどくさいとか、1人の時間が好きとか、キャリアウーマンになりたいとか、私に言って来たときもある。じゃ、メールしない方が良い??と聞くとそういうわけじゃないと。


季節は冬になり、別れは突然訪れた。彼女はサークルを辞めた。いきなり。理由は特に聞かされていないし、私からメールをしても返事は来なかった。そして、動転した私はそこで初めてメールで告白をしたのだった。


勿論、返事は来なかった。苦い経験だった。


ちなみに、この失恋には笑えない後日談もあった。実はその彼女は本当に短い間だったが、サークルの先輩と付き合っていたらしい。私がそのことを知ったのはなんと四回生の春だった。私はその先輩のことも大好きだから別に良いのだけど、振り返ってみれば自分の意気地なしさが酷い。笑えない。ちなみに、日記に書くかはわからないが、この手のやらかしを私はこれからも繰り返す。第一印象良くて、すぐ仲良くなって、ぐだぐだ友人やって、微妙な感じになってからフラレルというのは当時の私の鉄板パターンだった。これらの苦しみがあり今があると思えばそれまでだけど、学生時代、もうちょっと勇気があれば色々変わったことも多かったんだろうなって思う。


ちなみに、世間的にはこの年はエド・はるみがブレイクした年で、北京オリンピックが開かれていたようである。オリコン一位は嵐。この時からすでにオリコンはジャニーズに支配されていたのかと驚愕であるが、私が良く聞いていたのはMr.Childrenの『HANABI』。この歌がまた切ない感じなんだよな。


https://youtu.be/9gHciuhgsSo