我が20代を振り返る⑤ 地元就職はなぜいけないのか

最近部下の結婚休暇で仕事が忙しく更新が滞ってしまっていたが、20代を再び振り返る。社会人2、3年目の内容になるのだが、私は関東での配属の後、地元の奈良の営業店への転勤を命じられていた。


最近、私が二年前に書いた地元就職は百害あって一利なしという日記にコメントがつくことがあるのだが、正直読み返して見ると青臭さがあり同じ題名で書き直したい気持ちになる。今回はちょうど地元で働いていた時期の振り返りになる為、その焼き直しも含めた内容にしたいと思う。ただ、思っていることは二年前とほぼ同じである。


地元への帰還は正直予想もしていなかった。埼玉での生活は楽しく、やりがいもあった。元々新入社員で配属された部署には一年半の期限が暗にあったため、転勤はわかっていたが、恐らく関東の営業店になると予想していた。それでも、地元に帰れるというのは嬉しかった。まだ、そのときは地元で働いている友人もそれなりにいたし。


仕事の内容は同じ会社であるのに、当然のことながら大きく変わった。それまでは本部機能に近い、いわば仕組み作りの仕事がメインだったが、営業店なのでいかに効率よく多くの売上を作るかその為に今後尽力することになる。しかし、今でも思うがやはり現場が一番楽しいし、顧客のニーズを最も感じることができる。今日本の古きメーカーが月並み苦戦しているのは恐らく現場に立ったことがない人間が商品開発をしているからだと思う。実際に顧客に触れ合うことなく、生きたニーズを見いだすことは不可能である。


地元に帰ってきたこともあり、休みの日も1人でいることはあまりなかった。中、高の知り合いと会うこともあれば、職場の同僚とどこかに出掛けることも多かった。


もし、一度目の配属が地元だったらそれを幸せに思っただろう。しかし、すでに一度地元を離れて都会の生活を経験してしまった自分にとって、地元での生活はマンネリでしかなかった。学生気分で職場に知り合いが来たり、仕事とプライベートの線引きも緩くなり、仕事に対する熱意も薄らいだ。結果、地元にいたときの評価は今でも自分の歴代でも最低のものとなっている。一年目よりも三年目の方がボーナスが少なかった。成果主義の会社であるから良くあることだが、このままじゃやばい・・と当時真剣に悩んでいた。


思えば、その部署の社員で奈良出身の人は自分しかいなかった。皆縁もない土地で友人も少ない中、仕事にもプライベートにも貪欲になっていた。自分は地元に居るという安心感からかあらゆることに保守的になっていた。仕事のスキルなんて正直誰もそんなに変わらない、そんな中でこの意欲の差は致命的と言えよう。


そして、プライベートでも気づいたことがある。中、高の知り合いでずっと地元にいる人達はほんとに仕事の話をしない。共通の知り合いの誰々がどうしてるとか、過去の思い出話とか、彼女がどうだとか、そんな話ばっかりだった。東京で同じ新入社員の大学の友人らとたまに会った時はそれこそ仕事とか給料の話ばっかりしてたものだったからその違いに驚かされた。過去の思い出話というのは、お互いに何年と時が経ち、立場も責任も変わった時にするからしみじみするのであり、年に数回同じようなメンバーと同じような思い出話をしても何のカタルシスも感じない。


地元というのは働くところではなく、数年に一回帰るぐらいがちょうど良い。地元への転勤を経験して本当にそう思った。数年ぶりに地元に帰った時のあの懐かしい感じ、あの何とも言えない感動を地元にずっといる人は感じることができないのである。人生損していると言えよう。

私には地元以外にも懐かしいと感じられる土地がたくさんある。大学時代を過ごした京都もそうだし、新入社員時代を過ごした埼玉、これから転勤していく様々な地域。故郷がたくさんあるような気がして本当に幸せである。

地元奈良での仕事に関してはあまり良い思い出がない。それからまた一年半ぐらいで、今度は四国の愛媛県へ転勤することになる。愛媛こそ本当に縁もゆかりも無かった。しかし、愛媛での生活は思い返すだけで懐かしさがこみ上げてくる、そんなかけがえのない経験となった。ほんの二年前ぐらい前まではそこにいたはずなのに、遠い記憶のような気がしてならない、不思議な感覚である。


最後に地元就職がなぜいけないのか、改めて考察してみたいと思う。私が最も大きな要因と考えているのはそのリスクである。地元=安定と思考停止人間は考えてしまうがむしろ逆である。地元での就職はリスクでいっぱいなのだ。

①地方企業はこのグローバル化にどう対応するのか?今の時代、物を作るにしても何をするにしても人件費が安い地域、国でするのが当たり前である。人件費が安くできれば商品も安くなる、売れるのである。国産だから品質が良いという信仰ももほや通じない。なぜ、中国人が作るものよりも日本人が作るものが品質が良いと思える?私個人的には中国人をはじめとするアジア諸外国の労働者の方が働き者であるから品質は良くなるのではないかと思う。品質が同じなら安いほうが良い、当たり前である。海外になんのコネクションもない地方企業はこれからどうやって生き残るのだろう。業績が上がらない限り給料も上がらない。

②大企業→地元への帰還はできるが、地元就職→大企業への転職は厳しい。
新卒でどちらにする方がリスクが少ないかということ。最初から地元就職してしまうと後悔してもそれから上京したりするのは新卒時よりもかなり難しくなってしまう。逆に大企業に入り、それで合わないから地元就職に切り替えるというのは容易である。三年も働いていれば、大企業ならば職歴として申し分ないし、地方公務員試験でも有利に働くだろう。

③学生時代の努力の差
はなから地元を出ないと決めた人間と、地元を絶対に出ると決めた人間、その時点で学生生活の取り組みの差はかなり大きくなると思う。地元以外で就職するためにはそれなりのスキルや学歴が必要になる。地元で生きていくならば最悪コネクションだけで最低限生きることができる賃金は得られるかもしれない。何なら実家で暮らしてれば仕事もしなくて良い。何故勉強しなきゃならないのか?それは勉強しないと地元から一生出れないかもしれないからだ。

④東京1人勝ちの現状
日本は東京の1人勝ちである。あらゆる新しい技術や文化は全て東京に集中している。そのため、優秀な意欲ある若者はもはや地方に残らない。そして、どんどん東京の1人勝ちが大きくなる。このサイクルは止められない。地方には若者はどんどんいなくなる。そして、変化がなくなる。

⑤地方公務員、地銀の存在価値なし
この前、三菱かどこかのメガバンクの数千人の仕事が機械化によってなくなり、配転先を探しているという記事を読んだ。もはや銀行の仕事など、完全に機械化できて人がやる必要がない。なのに、そんな目の前の未来すら見えず、地銀や地方公務員になれて良かった安泰だとか言ってるのは滑稽でしかない。真っ先に仕事なくなるのがその2つだと思うけどな。現金=この世の無駄の象徴、あらゆる企業は管理コストがかかる現金の使用をこれから削減しどんどんウェブマネーが主流になっていく。現金が使わなれなくなれば、銀行の存在価値は0。公務員の仕事なんて無駄な帳票作成してるだけだから、全部ネット管理で元々不必要。

⑥実家暮らしによる晩婚、未婚化
親元を離れない実家暮らしは様々なリスクがある。それは異性関係において顕著である。いざと言うとき、1人暮らしと実家暮らしでは身軽さが全然違う。そして、私の知る限り、やはり20代を実家で過ごしてしまう人程、結婚はできないものである。別に結婚することが良いわけじゃないけども。

⑦親子の問題
これも経験則。親元を離れた方が親子の関係は良くなる。一緒にいるだけが親孝行ではない。離れていても感謝の気持ちは伝えることができる。私も一緒に暮らしているときは親に感謝なんてしたことなかったが、離れて偉大さに気づいた。

とまぁ、それ以外にも地元だと出会える人間の数が限られていたり、単純につまらなかったりまだまだたくさんのリスクはある。変化がないことこそ、最大のリスク。特に悩んでいる若者はまずは親元を離れる、地元を離れる選択をしてほしい。やはり地元が良いと思えば、それから戻ってくればいいだけの話。それはなんの恥でもない。